
神様が作った映画を観たことがありますか??
もし、それをあなたが見る権利を得ることができたら、あなたはその映画を観たいですか??
ただし、見終わった後の保証はいたしません。
天才美少女監督、最原最早(もはらもはや)の作る映画はそんな映画だ。
この話は、語り手、二見君が自主映画に誘われるところから始まる。
二見君は芸大の役者コースに通う大学生なのだ。
彼自身は二回生なのだが、今年の一回生にとんでもない「天才」が入学してきたという。
一芸入学で推薦で入った彼女の作った「映画」らしきものを見て、教授陣はすぐに彼女の入学を決めたという。
中には「こんなものは映画じゃない!」という意見を唱えた教授も居たらしいが、兎にも角にも、影響力のあるフィルムだったらしい。
・・・全部「らしい」なのは二見君自身が彼女に会ったことが無かったから。
しかし、彼女が撮るという自主映画にキャストとして関わることになり、かの有名な「天才」と映画を創り上げることになった。
そしてわかったのは彼女がまぎれも無く「天才」だということ・・・。
最早が天才と呼ばれる所以は、彼女の映画の影響力にある。
二見君は彼女が書いた映画の絵コンテを見て思わず引き込まれてしまい、気づけば50時間くらい絵コンテをぶっ続けで読んでしまった。
そして、それは彼女の作品を観たらだれでも起こり得ることらしい。
彼女は言う、
人を深く感動させるとは・・・
上映時間・・・例えば2時間の中で、見た人を笑わせて、怒らせて、泣かせて、希望を抱かせて、失望させて、願わせて、祈らせて、諦めさせて、死にたいと思わせて、それでも生きたいと思わせる。
そういうことです。
そんなの、どんな天才監督でもできるわけがない。
だって人はそれぞれ違うんだから。
でも、それを、意図的に、できる人が居たら??
もうそれは・・・人ではない。神様の領域だ。
それはもはや、その人を操っているに等しいことかもしれない。
この話を読んで、私は思わず、西遊記を思い出しました。
・・・何を唐突な!!
と思いますよねww
悟空が金斗雲に乗って世界の果てまで行って「世界の果てだぜ!!」と得意になっていたけど、それは結局お釈迦様の手の中だったという話。
人は神様の前では、ある者は魅入られ、ある者は恐怖し、ある者は正体をなくし、ある者は無条件にひれ伏してしまう・・・、そんなものなのかもしれません。
この話の凄いところは色々あるんですが・・・、どんでんに次ぐどんでん。(でもミステリーじゃないと思うんだけどね、この話)
そして、現代の作家と感性だからできる比喩。
クールなキャラのロールプレイ中だったから(彼女に)声をかけれなかった
みたいな表現ってできそうで中々できないと思います。
そして随所で出てくる映画やもの作りへの見解。
その一つ一つが借り物の言葉ではなく、野崎さん自身の言葉であるということ。
映画は素晴らしいものです。映像を通して、人の人生に語りかけることができる。
っていう言葉とか、素敵だなと思います。
まじで文字通りの意味で使われてて後半は戦慄ものですが・・。
そしてこの物語の着地点そのものが凄い・・・。
もう、この野崎さん自身が「鬼才」ですわ。
これがデビュー作とは・・・。これ、メディアワークス文庫が創刊した記念すべき一回目の作品だったと記憶してますが、当時は同じ時期に発売された有川さんの「シアター!」に気を取られててこの作品には注意をはらっていませんでした。
ゆっちさんのおかげで手に取ろうと思いました。
ゆっちさん、ありがとう。
役者としてもとても興味深い話でした。特にモノづくりに関するところは共感しきり。
最早の才能は怖いけど、神様に魂を売っても、その映画、出てみたい気がします。
それにしても・・・・ライトノベル風に書いてるけど、これ、「日本ホラー大賞」でもいいんじゃね??
って思います。
ネタバレギリギリのラインで書いたつもりですが・・・、そして表紙に騙される人多数居そうですが、騙されたと思って読んでみてくださいww
多分、あなた、騙されますよww(喪黒福造(もぐろふくぞう)風に)
それにしても・・・作家の方って・・・いや、どの世界でもそうだけども、こういう新しい才能と戦っていかなきゃいけない世界だから厳しい世界だなぁ・・・と思います。
ちなみに、「アムリタ」とはインドの神話に出てくる不老不死の飲み物で中国に伝来した時に「甘露」という名前になったようです。(wikiなので信憑性ちょい怪しいですが・・・)
少なくとも小説内では「甘露」の意味で使われてます。
果たして人間は甘露の魅力に抗うことができるのでしょうか・・・?