息子の奇怪な行動に驚かされる。
先日、ハンバーグを食べに行った。
フォークでハンバーグを切り普通に食べていた。
「パパ見て〜」
見ると、フォークの柄の方でハンバーグを刺している。
「こっちでも食べれるよ〜」
確かにねと、思う。
だが、しかしである。
それは大人の発想かもしれない。

物凄く良い方向へ解釈をすると、発想が柔軟なのだ。
大人がふざけても出てこない発想を子供はする。
規則やルールに捉われないからだ。
規則やルールの範囲なら大人だって柔軟な発想は出来るはずなのに、なかなか難しい。
自分の作った固定概念に縛られるからだ。

何か特別な事をした訳ではないのに、営業先から会社に帰る車の中で、どっと疲れを感じた。
帰社した後もやりたい仕事はある。
そんな時に、ふと思った。
満喫で仕事をしよう。
休日に満喫で仕事をする事は珍しい事では無いし、仕事終わりに行く事も珍しく無い。
ただ、通常退社する時間より早く退社をして満喫に行く事は始めだ。もちろん、定時は過ぎている。
なにも会社の中でなければいけない理由は無い。仕事が出来る場所ならどこでも良いのだ。
私の中でのくつろげる場所として満喫の存在は、会社と家の中間地点なのだ。
疲れたと思っても満喫なら出来る気がした。
これを柔軟な発想と言うにはほど遠いが、始めの一歩である。

規則やルールの中で誰にも迷惑を掛けないならば固定概念に縛られない発想は大事だと思う。電車の中でビールを飲んでいる人を見て、今ままでは、少しは嫌な印象を待っていた。
しかし、誰かに迷惑を掛けているだろうか?
ペットボトルなら良いのか?
在来線がダメで、新幹線の中なら何故許されるのか?
自分がやろうとは思わないが、100%非難は出来ない。
自分の固定概念に縛られ過ぎていたのかもしれない。