本日も17日早朝参拝、靖国にて。

さくらの開花もあと数日という穏やかな空。

会を率いる方より「正論」2月号の記事をいただいた。

東京大学平川祐弘名誉教授の

【東京裁判再考促すオランダ判事】

と題したオピニオンである。

感動したのと、正に現在の日本を牽引(ミスリード)している立場の人々へ

警告しているように思えてならず

少し抜粋させて頂きたいと思う。

 

三井美奈著

「敗戦は罪なのか、オランダ判事レーリンクの東京裁判日記」

を最近の傑作として紹介されている。

そこには

「学界に籍を置く人は、戦後イデオロギーに拘束され

東京裁判の正当性を主張したがるからその無理がたたった。

それに対し三井は、レーリンクの手紙や日記を遺族と協力して

日本語に訳し素直に引用した。

東京裁判の表裏をはっきり示す一冊が世に出た。」

と高く評価されている。

 

レーリンクとは、

所謂東京裁判で戦勝国側の判事として召集され

市ヶ谷法廷に着任したが英米系の判事検事とそりがあわない。

主流派は裁判を、日本に対する懲罰の場と考え、

初めに有罪判決の結論ありきの人々である。

レーリンクはそんな多数派には従わない。

「平和に対する罪」は事後法でそんな国際法の枠外の法で

裁判が行われて良いのか。(中略)

判事には定まった意見しか認めないなんて私は受け入れられない。

と書いた。

 

そのレーリンクと意見が合うのはインドのパル判事である。

法は権力に勝る、法を装った権力は忌避する。

レーリンクも自分と同様、多数派が書いた判決文に署名しないと知ったパルは

喜んで涙ぐみ、レーリンクに手紙を書いた。

「あなたが短い独自意見を出すと決意したのを知り心から喜んでいます。

裁判とはそうあるべきです。

我々は、世の中の偏見に仕えるために集ったのではない。

たとえ世論を傷つけても、自分の信念を犠牲にすべきではないのです」

 

レーリンクは、政治的殺人に加担したくない。

連合国と同調せよと判決文の内容も読みもせず言ってくる

オランダ政府の主張に従わない以上、

自分の将来のキャリアに不安は残る。

だが、レーリンクは広田弘毅元首相ほか四人を

無罪とする独自の判決意見書を提出した。

 

 

判事の中で唯一、被告人全員無罪を主張した

インドのラダ・ビノード・パール判事は

この時どれほどレーリンクの信念に心うたれたことだろう。

 

この思いを現在の

「メディア」「医師会」「分科会」「専門家と称される人々」

影響力ある方々すべてに、

今一度我を振り返ってもらえないだろうか。

と切に祈る。どうか思いが届きますように

 

☆彡 春くんお願い ☆彡

 

1月11日タクシーの中に傘を忘れてしまった。

領収書をもらっていたので

降車して3時間は経過していたが

すぐタクシー会社に電話をしてみた。

電話口の声はテキパキとしながら丁寧な語り口調の

上品で穏やかな男性を想像させた。

運転手さんに問い合わせて、

折り返し連絡をくださるとの事。

「雨の日は乗車中であることの方が多いので

 多少お時間を頂くと思います」との事。

すると

1時間もしないうちにありました!との連絡があり

着払いで送ってもらう事になった。

そして翌日届いたのだが、なんと……

 

 

大した品物でもないのに

申し訳ないほど丁寧に梱包してあり

そして……

 

 

5時間も干してくれて、

さらに翌日の日付にもかかわらず

こんな丁寧な手紙とともに

 

 

クーポンまで入っているではないか!!

 

こんな事があるたびに

「日本」ってなんて良い国なの(;;)

とつくづく思う。感動するよね、春くん♡

 

 

日本製の何が素晴らしいって

この国の人たちが受け継いできた「心」だと

あなたは言いたかったのですよね。

 

 

最近、

春馬くんの出演する映画やドラマの再放送がやけに目立つ。

どうしてだろう。

 

 

フランス映画界で今最も注目されている新鋭監督

アルチュール・アラリの作品「ONODA」を観てきた。

そう、あの小野田寛郎さんのドキュメンタリータッチの映画である。

あの小野田さんと言っても、伝わる世代も少なくなっているかもしれないが、

昭和20(1945)年8月、大東亜戦争が終結したにもかかわらず

フィリピン・ルバング島の山奥で

29年間孤独に戦い続けていた陸軍少尉である。

帰国の際の映像は子ども心にも衝撃的だったので、今でもよく覚えている。

 

帰国後も様々なご活躍をされ、また、非常に大切な証言も残されている。

*関連ブログ後述

 

フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、日本の国際共同製作映画でありながら、

ほぼ全編が日本語のセリフで紡がれているこの映画は、

カンヌ映画祭2021で「ある視点」部門オープニング作品に選ばれ、

約15分ものスタンディング・オベーションを受けたそうだ。

日本の映画人が今までなぜ制作しなかったのか、悔しい気もするが

連合国として敵国だったフランスの監督が着眼して下さったことに

日本人として素直に感謝したいと感じる。

 

私が映画のなかで一番衝撃的だったのは、

昭和49(1974)年3月、小野田少尉を帰国に導いたのが

なんと一人の青年旅行者だったということだ。

「野生のパンダ」と「雪男」と「小野田さん」に会うのが夢だと語り、

世界中を旅していた冒険家は、ルバングでついに小野田さんを発見した。

 

 

政府や組織が動いたわけではなく、

たった一人のバックパッカーの思いから大きく歴史が動いたのだ。

動けなかった国を避難しているのではなく、

誰か一人が強い思いで行動すれば、事は動くという事に感動した。

そして、ジャングルのなかで眠っている

数多の魂は小野田さんに抱かれて恋しい日本へ帰還されたことだろう。

それが何より嬉しかった。

 

小野田少尉がルバングを発つ前、

「誰のことも忘れない」と戦友が亡くなった場所に花を手向ける。

この映画のキャッチコピーにもある「忘れない」が胸に突き刺さる。

それは、現代の日本人があまりにも「忘れている」からだ。

「忘れてはいけない」

絶対に

「忘れてはいけない」

 

こうして、春馬くんが昇天した17日。

今日もあなたを偲びつつ英霊に語りかけています。

靖国神社で何度もお見かけした小野田さんと春馬くん、

そちらで会われましたか?

どんな話をされているのでしょう?(^-^)

 

http://www.zero-x.jp/onoda.html

 

*特に南京虐殺やら慰安婦問題などについては是非ご一読いただきたい。

昨夜wowwowで「天外者」を上映していた。

最後に三浦春馬さんへの追悼と感謝のメッセージに

またこみ上げるものがあった。

監督をはじめ制作側のお人柄や

春馬さんへの思いを感じる。

 

春馬くん

あなたの演じた五代友厚は

真っすぐで、少し寂しくて、

どこかやんちゃで、負けず嫌いで、

決して信念のぶれない

立派な日本男児でしたよ。

 

今日は秋の例大祭初日

生憎の雨とコロナの影響で例年の行事は縮小され

閑散としていたが、

総理からの真榊が奉納されたようだ。

 

 

合掌

 

毎月17日の早朝に靖国神社を参拝する有志の集まりがある。

私が十数年前に初めて参加した当初は、4~5人の同じ面々による

どこかほのぼのとした参拝だったが現在は40人を超える日もある。

おおよそ決まった時間に手水舎のあたりに集まり時間が来たら神門をくぐる。

 

一同

拝殿の前に横一列に整列し昭和殉難者をはじめとする靖国の神々

246万6千余柱英霊への感謝の誠をささげる。

ただそれだけを毎年ずっと繰り返してきているのだ。

 

発起人のお立場がとても偉い方(?)だからなのか

集まる人を後で聞いてみると社会的地位のある方々が非常に多い。

警察関係、上場企業の社長、

銀行の元頭取や、飲食店経営者、医療従事者

時にはバッジをつけた方など多岐にわたっている。

 

だが誰も仕事で来ているわけではないので

お互いの立場など何も気にしていない。

 

先の大戦に挑み、

尊い一命を捧げてくださったことへの言い尽くせぬ恩義。

そして、あの時代に追い詰められていった日本をなんとしても守り抜き

その守られた後世の日本に安穏と暮らす見ず知らずの我々に

平和で美しい国を命がけで残してくださったのである。

そのことへの感謝、ただそれだけだ。

これは「普通の」日本人なら、誰もが自然に抱く感情だと私は思う。

きっと春くんもそうだったよね。

そしてそれを伝えようとしていた。

 

なぜ17日なのか。

開戦当時の首相でもあった、

陛下以外の日本の事実上トップ、東條英機陸軍大将は

明治17年のお生まれであり、陸軍士官学校第17期のご出身である。

そのこと等に因んで17日に始まったという話だ。

 

そこであの日。

三浦春馬くんの事件を知って、私は打ちひしがれた。

ファンでも何でもなかったのに、

なぜ、どうしてこんな事がまかり通るのか!

納得がいかない事だらけで

自分なりにいろいろと調べていた、調べまくっていた。

そしてふとこの思いに至ったとき、救われたような気がしたので

今日、17日の早朝参拝を機にそれを書いておきたいと思った。

 

それは、最後のドラマのなかで彼の背景のホワイトボードに書かれていた

7月17日という文字を見つけて「なるほど!」と思えたからだ。

ネガティブに考えればキリがないのだが、

それは彼が望んでいることではないと感じる。

だからと言って、7月18日などと発表された日を誰がそのまま信じられようか

 

もしかすると春くんは17日に召集され、

ここに眠る当時の日本のトップや246万6千の仲間から

大きな役目を授かったのではないだろうか。

 

それは、

日本の行く末を案じて何か大切なメッセージを伝える役目なのか。

それともご英霊からの命を受け、

これほど多くの清らかな魂を覚醒させて

こうして足を運んでもらうための役目を担ったのか。

 

    

 

    

 

実際、私は靖国神社にもう何十年も通っているが、

こんなに心のこもった熱いメッセージが書かれた絵馬を

これほどたくさん見たことがない。

自分の事ではない他者のためにこれだけ多くの方々が、

必死に思いを綴っている。そして何よりここに足を運んでいる。

彼は、なんて大きな仕事をしているんだろう。

 

だから勝手な解釈は承知の上で

7月17日に命を受けて昇天されたのだと信じたいと思った。

 

    

 

春馬くんの真似してみた親子(笑)