yuukiのまぁ、いいや -2ページ目

家族の肖像

家族って何だろう?



みんな一回は考えたりしたことない?





自分の家族について言えば小学校くらいから両親は別居。




俺ら兄弟は母親と一緒に住むことになった。




母は夜の仕事で帰りは深夜の3時とか4時。
だけどほぼ毎日弁当を作ってくれた。




家のことも外のことも完璧にこなさなきゃいられない母。




それを見てこっちが疲れてしまうくらい。




感謝してるなんて簡単に言うのが申し訳ないくらい。




昔はさぁ、友達の家族の話聞くと自分とこが恥ずかしくて両親を恨んだよ。




一家団欒で食卓囲んで両親仲良くて笑いが絶えない家族。




これが理想だった。




だけど気づいたんだ。
人の家族を妬む前に自分の家族ときちんと向き合おうって。




いくら別世界のことを考えたって自分には自分の世界が与えられている。だから自分の世界をよくしようと思ったんだ。




今は幸せです。






こんなこと家族には恥ずかしくて言えないからblogに書きました。




末期の目

今日は若くしてガンで亡くなった写真家の話。
NNKでも特集されてたから知ってる人もいるかな。








その人は二十代でガンになるのね。
もう手の施しようがなくて余命もあと僅か。
その人は最後にどうしても撮りたい写真があったんだ。

山から出てくる朝日が湖を反射してそこにいる白鳥を照らす光景。

その光景は冬にしか見れなくてめったに撮れるものではないけど病気の体を押して毎日のように夜中その場所に足を運ぶの。


友人に手伝って貰って10キロ以上の機材を運んで。
自分の病気について誰にも話していなかったか友人は何も知らなかったんだ。
ただ少し痩せたなって感じてたくらい。


毎日通うけれどその光景はなかなか姿を現してくれない。
やがて冬が終わりを告げようとして写真家たちはみんな「また来年会おう」と言って家路に帰って行く。


可能性はもうほとんど無いと言っていい。
だけどその人はあきらめなかった。
明くる日明くる日もその場所に足を運んだ。
そんなある晩吹雪が起こった。
吹雪の後にその光景が現れる確率は高い。


「もしかしたら明日見えるかもしれない」


そう思ってまた出かけていく。
カメラをスタンバイしてひたすら待った。
とうとうその光景が現れて写真に収めることに成功した。
その写真にはそこだけ時間を切り取ったようなまさに


「今」


が写っていた。
自分が撮ったにも関わらず「神様が撮らせてくれた」って常に謙虚な姿勢だった。
一枚一枚現像してる途中でその人は死んじゃったんだけど奥さんが写真展を開いたんだ。
知り合いで見に行った人がいるけどカシャッカシャッてシャッターの音が聞こえるような気がしてほんとうに感動したって。


人は自分の命が残りわずかだと知ると今まで当たり前に見てた景色がすごく綺麗に見えるんだって。
今自分が見てる景色も本当は綺麗なんだよね。
当たり前を当たり前と思ってはいけないんだなぁと思った。

バブル

今の日本は不景気。
消費者は今二つの性質を持ってるらしい。

一つ目は「時間消費」
時間を楽しむってこと。例えばすご~くお腹がすいていてカツ丼を頼んだとしよう。
ガーッ食ってはいおかわり!みたいなことはしないの。
すごくすごく小さいおちょぼ口(こんな感じ→・)で少しずつ食べるの。そしたら幸せな時間が続くでしょ?
この時間を楽しみたいから購入する品は減る。


もう一つは「商品欲求の個別化」
自分にピッタリあった商品しか買わないの。
例えばシャンプー。
フケの多い人用(例だから俺じゃないよ)
髪が脂性の人(例だから俺じゃないよ)
とか、より自分に合わせてくれる商品が増えるにつれて消費者はもっと質のいいものを求めるんだって。

確かにそうかもしれないなぁ。
そういえば最近買い物してないな。
物欲はあっても倹約家の俺はどうしても欲しいもの、その中でものどから手が出るほど欲しいものしか買いません。
なのに貯金は増えません。何でだろう。
まぁいいや。