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如何に生きるか

神経難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)になり、今後如何に生きていくかを考える事が多くなりました。徐々に進行していく病気と共に送る生活の中で、日々感じた事をブログで表現していきます。

僕は現在、肺活量が弱くなっているせいか、外では話が出来ないくらい声が小さい。また息が続かないので、短い単語でしか喋ることが出来ない状態だ。

なので、最近コミュニケーションが満足に出来ず、かなりの不自由を感じている。

手の握力が無いため筆談も、指先が思ったように動かないのでPCやスマホでの入力も遅く、もちろん手話も出来ない。

脳波を検知し、自動音声変換する機械があれば…と毎日考えてしまうほどだ。

そんな状況で今は2種類のコミュニケーション手法を使って、意思を伝えている。

一つ目は、単語をいくつか羅列し、相手に言いたいことを読み取ってもらうといった、いわば「予測変換式コミュニケーション」だ。

これは少ない言葉数で意思を伝えられる手法なので身体への負担は少ない。しかし、少しでも内容が複雑だったり、聞き手の語彙力や発想力が足りないとコミュニケーションエラーが頻発するというデメリットがある。

実際にあった事だが、知人に「昼メシを社内で食べてから(待ち合わせ場所に)向かうから、現地集合でお願いします」と伝えたくて、「昼メシ、食べて、行く、現地で、宜しく」と電話で言った。しかし「昼メシを現地で一緒に食べてから行く」と伝わり、知人は昼メシを食わず現地で僕の到着を待つという事があった。

単語のチョイスが非常に重要なので、よく考えないといけないし、この手法は聞き手の能力に依存する側面があるので、相手の能力を見極める必要がある。

慣れ親しんだ取引先との担当者との会話だと、お互いの性格を知っているし、ビジネスシーンである為、会話の内容はある程度予測しやすい。TPOを考えて使えば非常に有効なコミュニケーション手法である。

2つ目は、大袈裟なジェスチャーを巧みに駆使して意思伝達する「オーバーリアクション法」だ。即時自分の感情を伝えることが出来るメリットがあり、オフイス内の少し離れた席くらいの距離でもコミュニケーションが取れる。

ただ内容が複雑になると、身体でどう表現したら良いかわからなくなるが、良い表現方法が閃いて正確に伝わった時は快感だ。

毎日色んなジェスチャーを繰り返し、新しい発見をしてコミュニケーション力がアップデートし続けている。前述の「予測変換式コミュニケーション」と組み合わせると精度が上がる。

といったように工夫をすれば、どんな困難も乗り越えられるんだ…と言いたいところだが、そんなに甘くない。
工夫を凝らしても頭の中に思いついた言葉の僅か10%程度しか伝えられていない。それ以外は全て飲み込んでいる。
しかもこの方法は「身体が自由に動く」事が前提にある。いわば、いずれ使えなくなる手法である。

よく医療従事者や周囲の人から「ちょっとだけでも喋れてるじゃないですか?」と励まし?の言葉を頂く。
僕はその言葉の裏側に「あなたはもう普通に会話をすることは出来ないんですよ。全く喋れないわけぢゃないんだから文句言うなよ」という意図を感じ取る。「ちょっと喋れる」事が良いか悪いかの評価を他人のお前が勝手にするな、と思ってしまうのだ。

もちろんそんな複雑な感情を相手に伝えるジェスチャーを知らないので、いつも黙って言葉を飲み込んでいる。

実は1度だけ、一切喋らず、一切動かずに人を爆笑させた事がある。多少の忖度があったにせよ、僕の狙い通りで、その瞬間その場所で自分が一番面白かったのは間違いない。

笑いで大切なのは「言葉」ではなく、「間」なのだ。そう遠くない未来で、一言も喋らずにM-1で優勝する人が現れると、僕はその時確信した。