長男が20歳を迎え、次男も高校卒業したら家を出て行く。
私の子育てもあと半年で本当に卒業する。
今までもぼつぼつ書いていたけれども、
改めて子育てをまとめてみたいなと思い立った。
実は、私は子育てに関して目標やこだわりがあった。
今はもう当たり前すぎて忘れていることも多い。
それらを掘り起こし、振り返ってみようと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
23歳で結婚し、24歳で息子を出産した私。
自立なぞ頭になく、覚悟もなく、流されるように出産。
「子どもが子どもを産んだ」との言葉は、まさに的を得ていた。
どんな子どもに育てようかなど、
どのように子育てしようかなど
全く考えてなかった。
そんなこと考える発想も余裕もなかった。
ただ、目の前のことに振り回されていただけだった。
息子は予定日より1ヶ月半早く生まれた。
未熟児で体重も少なく、分娩室の外に小児科医が待機しており
生まれるとすぐNICUに入り、
手術をして2ヶ月間入院していた。
このため、出産1週間後の退院は私ひとり。
息子は生命の危機は乗り越えながらも、管に繋がれNICUにいた。
看護師さんが見てくれるから安心と退院の翌日、
妊娠中に受験予定だった日商簿記の試験を受験しにいった私。
$この資格がその後、私の生活の糧を得る手段となった。
退院前の一時退院の夜は寝てくれず、
一晩中、抱っこしてうろうろしながら
「あと●時間したら、看護師さんが見てくれるから
それまで頑張ろう」と思っていた。
医者からのミルクやご飯の量の制限があり
お腹をすかして泣いていても
与えるわけにいかなかったのだ。
未熟児で早くに生まれた分
首が据わるのもお座りするのも立つのも歩くのも
言葉を発するのも、発育すべてが遅かった。
総合病院に息子担当の小児科医、小児外科医がおり、
数ヶ月ごとに特別の定期検診があった。
その他に、熱を出したら近所の小児科医に通った。
親としての自覚もない
結婚してままごとのような生活に、
生命ある赤ちゃんが現れ
戸惑いながら目の前の対応に追われているだけだった。
生まれて初めての大晦日は、
初めて夜間救急に飛び込んだ日。
元気でいさせることに必死だった。
子育て方法や教育方針など全く頭になく、
とにかく日々の育児をこなすことで精一杯だった。
その一方で。
私は「息子」の存在に不思議な感覚を覚えていた。
突然どこかから現れた謎の生物。
なんで私の元にいるんだろう。
どこから来たんだろう・・・・。
下の子が生まれて更に余裕がなくなるまでの2年間余、
ずーっとこの不思議感覚を持っていた。
思えば、この不思議な感覚があったからこそ
私は子どもは「別人格」という意識を
持っているのかもしれない。
このブログを書いていて、ふと思った。
子どもとの線引きをしっかりしており、
子どもとフラットな関係を築いている。
その原点が、この感覚なのかもしれないなぁ。
親としての自覚もなく
子育て方針もなく
ただ闇雲に世話に追われていた私が
子育てについてまとめたいと思うのだから
面白いなぁ☺️



