高3受験生の息子。
来春には家から離れた大学進学を希望しており、家を出て行く予定。
家を離れて暮らす子どもとのコミュニケーションはどういうものになるだろう。
彼が家を出て行く来春までに、どんな親子関係を築いておくといいのかな?!
そもそも、なぜ私はそういうことを考えるのだろう。
彼らと仲が悪いわけではないし、
家にいれば挨拶もするしお喋りもする。
だけど、普段はすれ違いも多く、同居人のよう。
それでも、同じ家で暮らしているので
彼らの何気ない表情や過ごし方、洗濯物や乱雑に置かれる荷物、
そして顔を合わせた時の会話から、彼らの様子を読み取っている。
だけど。
彼らが家を離れたら、それらの情報は全くなくなる。
電話やラインで連絡取り合えばいいというかもしれない。
だけど。
彼らは、私と電話をしてまで話したいと思っていない。
夏休みに入った今、息子は私の実家に行っている。
用事があって一度連絡したけど、用件話したらおしまい。
「どうしてる?」「いつも通り」で会話は終了。
もっと細かく質問するといいというのは知ってる。
だけど。
彼が話したければ、普段からその質問だけで勝手に喋り始める。
そうでない場合、彼は話したいと思っていない時。
そんなときは、私は用件を終えるとさっさと切り上げることにしている。
普段の彼らとのコミュニケーション、会話の内容はどんなのだろう。
と考えてみた。
① 私が彼らを心配?して、近況や体調・食事の様子を聞く
② 彼が自分が興味あることを話す
(私の興味に関しては、彼は聞く気がない)
普段、② が圧倒的に多い。
会話の90%は彼らが自分の興味を一方的に話し始める。
私は、それを面白がって聞いているだけ。
これは、顔を合わせているから話し始める。
①は、私から質問するとウザがり最低限の返事しかしてこない。
彼らが話したいときは、いろいろ話してくるのでその機会に聞いている。
ただ、電話でわざわざ話したりはしてこないなぁ。
今、彼らからされる会話は
・あの授業がクソ難しい
・あの授業のテストはクソ面倒臭い
・課題やレポートが多すぎて、クソやばい・面倒臭い
・バイト先でこんなことがあった
がたまにぽろぽろ。
※「とても」=「クソ」(^◇^;) 「とても難しい」は「クソムズイ」だそう。
私からの質問は。
帰りが遅くなる日や外泊予定のヒヤリングかな。
たまに「今日のご飯どうした?」と聞くくらいかな。
自分の整理もあって、これを書いてみた。
書いてみた結果、考えるのがバカらしくなってきた。
今、家にいるときは
気が向けば、ぽろぽろ話をする。
家を離れたら。
その時に考えればいいや。
基本的に
私は彼らに、いわゆる「心配」をしていない。
未経験が多いし、世界が広がるほどに
危ないこともあるかもしれない。
だけど、私がどんなことを心配しているかは伝えているし
自分で考える力もついていると思うし、
何より相談できる人が居てくれる。
本当に困った時は私に相談してもらえたらいいと伝えてる。
「私はもっとあなた方のこと知りたいんだよー!!」
「他の人に話すように、親だからといって遠慮せず私にも話してー!!」
(他人には話していても、親だからこそ私に話したくないこともあると言われるし、それは分かる)
「孫の顔は見たいからね!!将来、頼むよ!!」
※適齢期になってから言わないように、今のうちに言ってるの😁
など私の希望は息子達に伝えている。
私の心配は。
薄々気づいてはいたけど、
息子達を超自立的に育てた結果、
私が彼らの世話をしないで良くて楽だー!!!と言いながら
私がやらなきゃいけない!との絶対的出番がなく寂しいだなぁ、私。
我ながら、バカみたいで愛おしいぢゃないか(^-^;
結果として。
私、来春に向けて今から何かすることは
特に無いのかもしれないなぁ。
彼らの巣立ちのカウントダウンが始まり
子離れを前に、私も少しナーバスになっているのかもしれない。
生まれて数年間は、私の都合も構わず強制的な世話を要求されてきた。
彼らが成長するにつれて、自分たちですることが増え、私も自由になってきた。
我が子というのは、元気ないときはもちろん、元気であっても気になる。
本当に厄介だなぁとも思うし、愛おしい存在だなぁと思う。
これからも、彼らが節目を迎えるごとに私は徒労を繰り返すのかな。
彼らには、生まれてきてくれて、親にしてもらえて感謝いっぱい。
あと7ヶ月。
今のまま、彼らとの生活を楽しもう(╹◡╹)♡

