カウンセリングセッションを受けてきた。

私のテーマは「母」。

長年、母との共依存、AC(アダルトチルドレン)に苦しんできた。

昨年秋から、平本あきおさんのカウンセリングセミナーに参加したりして

母と私の関係を俯瞰して見られるようになってきたところ。

 

 

セッションを進めていく中で、

母に対して「怖い」と改めて感じた私。

 

私は今まで「母が威圧的で、理不尽で、突然前触れもなく怒り出し、

暴言がひどかったから怖かった」と捉えていました。

今回初めて「母が私に依存していて、360度全方向から、

私に形を成さないほどしつこくまとわりついてきて

私を飲み込みかき消していくから怖い」という感じ方をしました。

 

まるで鳴門の渦に巻き込まれ溺れる感じ。

さらに、その中で一反木綿が私の手足を縛るように包みにくる感じ。

そして私は両手を広げながら、渦に巻き込まれ消えていく・・・・。

 

その怖さを感じた次に出て来たのは「怒り」。

椅子に置いたクッションと、1日分の朝刊を丸めた新聞紙の棒を

用意してくださっていました。

 

自分のお腹の下腹部、丹田に近い部分にある怒りを感じながら

棒でクッションを叩き始めると・・・

怒りというよりも、熱く激しいエネルギーが噴き出してくる感じでした。

 

実は私、こういう風に自分の中のエネルギーを出すのが苦手でした。

昨年、私の背中にクッションを置いて抑えられた状態からはねのけるパターンで

トライしたことがありますが、背中から抑えられると私の力が抜けていく・・・。

叱咤激励されて、ようやく跳ね除けることができたのかなぁという感じでした。

 

あれから半年余り。

ずっと自分に向き合い、いろいろ考え取り組んできたせいか、

今回は自分でも驚くほど、かつてないほど自分の中に溜め込んでいた

エネルギーを叩いて吐き出すことができました。

 

そうすることを許可できた自分自身に○をあげたい!

寄り添ってくださったカウンセラーさんに感謝♡

1人では絶対にできない!

 

感情は、どんな感情でも味わいきれたら昇華できます。

本当は感じている感情に蓋をして、「こうあるべき」

「そんなこと感じてはいけない」などすると、

蓋の下で発酵して、どんどん手がつけられなくなります。

私はそのパターンがたくさんあった。

今回も、その一つ。

 

怖くて怖くて、すべての感情に蓋をしていた。

「お腹いっぱい」と言っても「そんなことない!」と食べさせられる。

「疲れた」と言うと「あんなくらいで疲れるわけない!」

何か言うと、「嘘言いなさい!」と言われる。

笑っても泣いても怒られる。

怒るなんて、とんでもない。

すぐさま「何様だと思ってるの?!偉そうに!!!」

と般若のような顔をして10000倍になって返ってきていた。


今回ので怒りを全部吐き出したとは言い難い。

でも、私の人生で初のレベルまで吐き出せた。

今はそれが私の適正値なんだ。

おかげでスッキリ♡

 

 

実は、今は母は母で、ジェンダーや時代背景、母の両親からの教育など

様々な要因により、自分らしく生きてこられず苦しいんだろうなと思っている。

母とはいえ別人格なので、私が勝手に決めつけることはできないけれども、

母を見ていると、自己肯定感が低く、激しい虚無感があるんだろうなぁと思う。

けれども、それは母の課題。

私は自分の人生があるので、境界線を引いて私は自分の道を歩ませてもらう。

 

 

また怒りを吐き出したいタイミングがきたら

残りの怒りも吐き出して、もっともっとスッキリしたいな。

 

 

そして、実は怒りの下に感じていた「悲しみ」を味わう。

そりゃー悲しいよ。

私は、母とも「個」と「個」の自立した関係を築きたかったんだもの。

これが、私が本当に母に求めているもの。

 

 

自分の子どもであっても別人格。

私も今、子離れする時期を迎えているから、その寂しさは少し分かる。

あれだけ可愛くて「ママ、ママ」と私につきまとって離れなかった

子ども達が自分の世界を築いてどんどん離れて手が届かないところへいく。

 

 

親は、子どもの幸せを願って見守ること以外、何もできない。

そのうち、物理的にも離れていく。

考えただけでも、切なくてしんみり寂しくて涙が出てくる。

 

でも、それが子育てのゴールなんだと思う。

親には親の、子どもには子どもの人生がある。

来春、息子が進学で家を出たら、

私もどっぷりと悲しみに沈むだろうなと今から覚悟をしている。

 

 

さぁ、不要な怒りを吐き出したから、

そのぽっかり空いたところに、

どんな喜び・幸せ・苦しみ・感動が入ってくるんだろう。

楽しみダァ〜!!!!(o^^o)