この記事こそ 本気でアメンバー限定にしようか迷いましたが、
「コレもHIRA岡」 ですので。










おそらく、昨日 1人のブロガーさんを 少なからず
不快な気持ちにさせてしまったと思います。


申し訳ありません。














「幸せである」 とは‥

全ての、若しくは 一部の感情を『感じるコトが出来る状態』
と 考えます。





押しつけるつもりはありませんが、三十数年 生きてきて
辿り着いた答えは コレだと痛感しているのです。










喜 怒 哀 楽 。


‥様々なシチュエーションで、様々な感情が生まれる 私達。



「感情の欠落」が どれほど寂しく虚しいか 想像してみて下さい。







仮に‥ 大切なヒトが亡くなってしまいました。





悲しいですよね?




それを 「悲しい」と感じるコトが出来ない状態‥




‥肉体的な要因であれ 精神的な要因であれ‥

その状態は 「無」であり、非常に虚しく 不幸なことでしょう。






逆に‥

その時 悲しむコトが出来れば、その悲しみを乗り越え 人として
大きくなり、新たな1歩を踏み出せる可能性=より一層 幸せに
なれるチャンスが与えられる‥



それ自体が 「幸せ」だとは、思えないでしょうか。









「無」 は、ヒトが現世に生まれてきた上で 絶対無二に
不幸だと思います。




それ以外は 全て「幸せ」である、とも。











『幸せ』は『気づくコト』から 始まります。







幸せと幸福は 似て非なる物也。





それに気づいて欲しくて 柄にもないコト書いちゃいました。












P.S.

即答できますよ。












間違いなく、オレは 幸せです。