1996年 冬


私のお腹の中には

2度目の小さな命が宿りました


2回目の妊娠

余裕で迎えた妊婦生活

だったはずが

入院寸前レベルの酷いつわり

しばらくの期間

記憶がない程でした笑い泣き


何とかその時期を乗り越え

次に待ち構えていたのは

羊水過少症

という極端に羊水が少ない症状


そのため

大きな病院への転院し

帝王切開の可能性を

宣告されていました


そして

1996年 秋


珍しい症例であったためか?

今にも飛び出しそうな状況で

何とか分娩台によじ登り

周りを見渡すと

研修医が

私の腰から下にビッシリ何人も立っていました


でも

それが一切気にならないレベルの痛みに悶絶しながら

帝王切開も何もなく

物凄い勢いで

火の玉の様にこの世に飛び出してきたのが次男くんでした笑い泣き


気づいた時には

研修医軍団は消えていいました


本当にそんなに人が

立ち会っていたのかな?

と、

気になる部分ではありますが

何とか

命懸けで産み落とした

我が子を手に抱いた時


「このコは助けてくれる」


そう告げられました


長男が誕生したときにも

言葉があったので

何となく直感で

納得したのを覚えています


出産直後

喘息が悪化をした私


家で待ってる長男が心配で

体調不良を隠し

何食わぬ顔顔で退院しようと

目論んだんですが

呆気なくバレ

先生に激怒され入院期間の延長笑い泣き


普段 あまり人前で

泣くタイプではないのですが

家に帰るのが遅くなるのが嫌で

泣いたのを覚えてます笑い泣き




そして晴れて退院


時が過ぎ

夜中のミルクがいらなくなった頃


やっと我にかえり

次男くんを抱き上げ

見つめた瞬間


「あれ?私 天使生んだ?」


そう衝撃を受けたのを覚えてます



まだ

スピリチュアルとか

スターシードとか

一切なにも知らない時期でした


余談ですが

ごくまれに聞こえてくる

頭の中の声


常に頭の中で鳴っている

キーンという音は


不思議と何の違和感もなく

40歳半ば過ぎまで

生きていました笑い泣き



次男は

満1歳になるまでの間

喘息

白血球値の爆上がりで

入退院を繰り返し

総仕上げは


鼠径(そけい)ヘルニアの手術


でフィナーレを飾りました笑い泣き


それを最後に次男くんは

喘息も

白血球の爆上がりも 

風邪も

ほとんどひかない

我が家で一番丈夫な子になり

全く手のかからない

穏やかな子に育ちました



私は数年前まで夜中に

金縛りや

怖い体験をしていていたのですが

助けを求めると

いつも

水を持ってきてくれたり

背中をさすってくれたり

癒し系男子として

成長していったのです


でも私は

心の奥深いところでは

わかっていました


そんな息子も自分の人生を自力で作っていく日が近いことを。。


そして今年

予定より2ヶ月早い1月初旬


私の元を巣立っていき

その3ヶ月後

結婚しました


奥さんは

幼い頃の私の様に

複雑な家庭で育った

傷を負った姉さん女房です


今度は、奥さんを

精神的に支えていくのでしょう



現実的には私は母親ですが

これまで次男くんには

助けられていたので

心にポッカリ穴が

開いてしまった感覚を

しばらく味わいました笑い泣き



でも

宇宙的感覚でみると

言葉で説明するのは難しいですが


次男は私より器用に地球を渡っていく力があるスターシード


2021年を待っていて

このタイミングで

自立を果たしたのだと

感じています


ちなみに

我が家は子供達も

全員スターシードです


2021年を期に変化したのは

次男くんだけではありません笑い泣き


それはまた

別のブログで書いてみようと

思います♪


以前

修学旅行先から

次男くんがくれた手紙があります

それには


出会ってくれてありがとう


そう書いてありました


物はどんどん捨てる私ですが

でもその手紙は

今でも大切にしまってあります♪



今年最初に

手放したものは


【大切な息子を家から送り出す】


ことでした笑い泣き


幸いにもその時期は

娘が受験合格をし

資金繰りや物件探しで

アタフタしていたので

かなり気が紛れて

助けられていました笑い泣き



宇宙の愛ですね


次男くん 

今までありがとね♪

応援してるよ♡