ACの安です。人間関係に無力です。
今月初めに出たミーティングで話をしたときに、すごい衝撃を感じてしまった。それ以前にはそのことを頭で理解していたのだが、メンバーに聞いてもらっている中でそのことを実感してしまった。
僕が幼い頃、殴られたり蹴られたり食事をもらえなかったり、閉じ込められたり、外に出され鍵をかけられたり、していた。あるとき、僕はそのことの理由を見出してしまった、僕が駄目だからこういうことが起きるのだ、と。それは、それまでの理由の無い混乱からある安定をもたらした。
でもそれは、その日そのときに、私が私を見捨てた、ということだった。私が私に見捨てられた、日だった。
私は私自身に見捨てられたまま、その後人生を立て直そうとしたのだ。それは不可能なことだったのだ。何故なら、見捨てられた怒り、そして見捨てざるを得なかったことに対する怒りを生んで、それが深層心理の中で煮えたぎった怒りとなっていたから。
私は自分を許せなかった、だから他人も許せなかった、世間に対して怒りをもち続けた。
僕はもう二度と自分を見捨てない、僕は僕を受入れる、僕は随分良くやって来た。偉かったよ、安さんは。僕は君が大好きだ。
以上、有り難うございました。
今月初めに出たミーティングで話をしたときに、すごい衝撃を感じてしまった。それ以前にはそのことを頭で理解していたのだが、メンバーに聞いてもらっている中でそのことを実感してしまった。
僕が幼い頃、殴られたり蹴られたり食事をもらえなかったり、閉じ込められたり、外に出され鍵をかけられたり、していた。あるとき、僕はそのことの理由を見出してしまった、僕が駄目だからこういうことが起きるのだ、と。それは、それまでの理由の無い混乱からある安定をもたらした。
でもそれは、その日そのときに、私が私を見捨てた、ということだった。私が私に見捨てられた、日だった。
私は私自身に見捨てられたまま、その後人生を立て直そうとしたのだ。それは不可能なことだったのだ。何故なら、見捨てられた怒り、そして見捨てざるを得なかったことに対する怒りを生んで、それが深層心理の中で煮えたぎった怒りとなっていたから。
私は自分を許せなかった、だから他人も許せなかった、世間に対して怒りをもち続けた。
僕はもう二度と自分を見捨てない、僕は僕を受入れる、僕は随分良くやって来た。偉かったよ、安さんは。僕は君が大好きだ。
以上、有り難うございました。