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先日ニューメキシコ州で法廷が脳震盪に関する法律を覆し、脳震盪と診断された選手の回復が"不完全"のまま州の決勝戦でプレーする許可を与えたという衝撃的な事態が起こりました。
(原文:High school football player fights concussion law, plays in championship

この記事を読むと、法廷が脳震盪の法律を覆したという明らかな誤りに加え、それ以外にも様々なレベルで(社会的、スポーツ医学的、倫理的に)誤っている点があることに気づきます。

"New Mexico law regarding school athlete head injury and safety protocols state a student athlete with a concussion may return to the game after sitting out for no less than a week.”
まずはニューメキシコ州の学校スポーツにおける頭部傷害および安全に関する法律です。この記事によると脳震盪と診断された選手は次の試合に出場するまでに最低でも1週間空けなければいけないと書かれていますが、実際 何日以上経てば安全だという基準は存在しません。脳震盪からの回復過程には個人差があるため、復帰までに要する時間も人それぞれです。たとえ受傷日から1週間以上たっていても、まだ症状があったり、症状がなくても復帰プロトコルを全て終えてなかったりする選手は試合に出場すべきではありません。

"Because of that law, a star running back was told he wouldn’t get to play in his school’s championship game. That didn’t sit well with him, and he took his case all the way to court.”
法律上、決勝戦までに復帰することが許されなかった選手は、この"問題"を裁判に持ち込むことにした...とありますが、いうまでもなく裁判を起こすためには選手の家族も(数日前の脳震盪に関係なく)息子は決勝戦でプレーすべきだと考えていることになります。彼らにとってこの決勝戦がどれだけ大事だったのかは知りませんが、法律を曲げてまで子供を決勝戦でプレーさせようとした親はおそらく脳震盪やセカンドインパクトシンドロームに関する予備知識が全くなかったのでしょう。知識が無かったから許されるというわけではありませんが、この学校のアスレティックトレーナーがどこまで保護者に脳震盪に関する教育をしていたのかが気になるところです。州によって取り締まり方は様々なので一概に批判することはできませんが、脳震盪に関する教育を保護者にすることが義務付けられているコネチカット州ではシーズン前の保護者会でアスレティックトレーナーが脳震盪に関する教育を行っています。

"Our trainer did identify a concussion,” Bruce Carver, Athletic Director for Rio Rancho Public Schools, told KRQE News 13. ”
これは余談ですが、我々は"athletic trainer"です。"trainer"ではありません。アスレティックディレクターさん、お願いですから間違えないで下さい。Athletic trainerは医療免許をもち脳震盪の評価ができますが、trainerはそのような訓練を受けていません。

"Court documents show the family argued the school trainer’s assessment. They argued a private doctor couldn’t find “signs or symptoms of a brain injury.”
またtrainerっていう...という点は置いておいて 家族はアスレティックトレーナーの初期評価に誤りがあったと訴え、開業医のセカンドオピニオンによると学生に脳震盪の兆候や症状はなかったと報告しています。もしかすると学生が開業医に診察してもらった頃には脳震盪の兆候や症状は解消していたのかもしれませんが、仮に症状が完全になくなっていたとしても、そこから復帰するまでには漸進的な運動処方が必要です。おそらくこの開業医はスポーツ医学に特化した医師ではなかったのでしょう。症状が無ければすぐ試合に復帰していいよ、ということはまずありえません。
記事には学生が20~30秒間意識不明だった、とも書かれています。脳震盪に意識の消失が必ず伴うわけでもなければ、意識不明だったから脳震盪だ、というわけではありませんが、このセカンドオピニオンは明らかに自分たちの都合の良い方へ議論を運んでいくために用意されたものです。

"The Cleveland running back argued in court that playing in the championship was a “once-in-a lifetime” chance.”
学生にとってこの決勝戦が「一生に一度の」チャンスだということは十分に分かりますが、アメフトが彼の一生ではない、ということを彼の親が気づいていないことを残念に思います。

Democratic Senator Michael Sanchez, who was behind the 2010 concussion law, told News 13 he’s disappointed with the judge’s decision on this case. He’s worried it may set a dangerous precedent.
今回の判決はとても危険なもので、このような判例があることでこれに続いて同様の訴訟が起こる可能性が高くなります。なんでも訴訟で済ませてしまったり、責任をとる・とらない を基準に物事の善悪を決めるのはなんともアメリカらしい考え方ではありますが、スポーツ医学の正しい情報が一般の人に浸透していないことがこのような判決を招いてしまった理由の一つではないかと考えます。例えば脳震盪に関する知識を学ぶ機会が親に与えられていたらこの訴訟を防ぐことができたのではないかと思いますし、ここ数年にわたってメディアを騒がせてきた脳震盪にまつわる様々なニュースがあったにも関わらず今回の判決を下した裁判官のリテラシーを疑います。脳震盪研究の最先端をいくアメリカでも、これだけ認知が低いのですから我々研究者は情報発信により一層努力しなければいけませんね。


今回は日本救急医学会の熱中症診療ガイドライン2015の【予後】の章のレビューを書いてみようと思います。

【予後】
・熱中症の後遺障害にはどのような特徴があるか
・熱中症死亡例の特徴にはどのようなものがあるか

日本救急医学会のガイドラインでは「来院時の高体温、重症意識障害、血液ガス分析のBase excess低値、冷却終了まで長時間要していること」が中枢神経障害や臓器障害(肝障害、腎障害、心筋障害、肺障害)、血液凝固異常につながっていると報告しています。前回の記事でも述べたとおり、労作性熱射病からの生存率を高め、後遺症を最小限に抑えるためには現場での迅速な冷却が求められます。

たとえばスポーツ現場に置き換えて考えてみましょう。サッカーのコンディショニング中に熱射病で選手が意識障害を呈しているとします。状況を認知してから(高体温[>40℃]・意識障害)、救急車を直ちに要請した場合でも到着までに6~7分、要請があってから病院に搬送されるまでは25分以上かかります。搬送中にも体温が上昇し続けた場合(例:体温の上昇速度0.4℃/10min)、救急車を要請してから病院に到着するまでに体温はさらに>1.2℃上昇します(=深部体温はこの時点で>41℃)。また病院に到着すれば直ちに冷却されるかといえばその保証もないため(準備や他の患者の対応など)、どれだけスムーズに対応が行われたとしても現場から病院に搬送されて治療が始まるまでに30分以上かかってしまいます。前にも紹介した「Cool First, Transport Second」というフレーズは30分以内に深部体温を40℃以下にすることが生存につながるというエビデンスが元になっています。そのため症状の認知をし救急車を要請したとしても、まずは冷却を優先してから搬送するということを忘れてはいけません。

まとめ
4つの記事にわたって日本救急医学会の熱中症診療ガイドラインを取り上げてみましたが、スポーツ現場におけるエビデンスに関してはまだ最新のエビデンスが日本ではあまり浸透していないこと、また医療従事者の間でも病院やスポーツ現場などどの環境で働いているかによって同じ疾患でも対応が大きく異なるということがわかったと思います。

一般医療での「常識」が果たしてスポーツ現場にも応用できるのか(すべきなのか)、スポーツ現場で応用するためにはどのような配慮が必要かなど、今回のシリーズがスポーツ現場に特化した対応を見直すきっかけになってくれれば良いかなと思います。
前回の投稿からだいぶ時間が空いてしまいました。今回は日本救急医学会の熱中症診療ガイドライン2015の【治療】の章をアスレティックトレーナーの視点から読み解いていきたいと思います。

【治療】
・熱中症の予防・治療には何を飲めばよいか

日本救急医学会のガイドラインによると熱中症の予防と治療には塩分と水分の両者を適切に含んだもの(0.1~0.2%食塩水)が推奨されています。ここでは水分補給する際は電解質を含んだ飲料を選ぶことが推奨されています。

私がよく参考にするAmerican College of Sports Medicineが2007年に発表したPosition Standでも電解質の補給の重要性は書かれています。しかしながら前者と異なるのは運動によって失われる電解質は普段の食事から十分に補充することができると明記されている点です。これはとても重要な点で、私もスポーツ指導者や選手らから「何を(どのスポーツドリンクを)飲めばよいのか」に関して質問を受けた際は(1)電解質はバランスのとれた食事から十分に補充できることをまず伝え、そして(2)電解質の心配をする前にそもそも十分な水分補給の習慣がチーム・個人に備わっているかを尋ねるようにしています。もちろん試合が数時間おきに開催されるトーナメントや、移動やスケジュールの関係上食事をとることができないシチュエーションでは、電解質や糖分を含んだスポーツ飲料はとても便利です。しかしながら普段の練習からスポーツドリンクだけを飲めばいいのかというとそういうわけではなく(ウェイトリフターが食事を抜いてプロテインだけを摂取しても意味がないのと同じで)、スポーツにおける熱中症予防においてはまず普段の食事を見直し、そもそも十分に水分補給できているかを検討すべきだと考えます。

水分補給がパフォーマンスに与える影響に関しては様々な意見がありますが(何%以上の脱水が起こるとパフォーマンスに悪影響を及ぼすかは研究者間で現在も終わりのない議論がされています)、生理学的には体内水分が1%失われるごとに深部体温は0.15-0.25℃上昇し、心拍数は4~7上昇することがわかっています。運動中の場合、体温と心拍数の上昇はパフォーマンスを低下させるため、いかにそれらの上昇を抑えるかが暑熱環境下でのパフォーマンス維持・向上の鍵となります。これは熱中症の予防にも繋がることであり、練習前・中・後の水分補給(水分損失を2%以内に抑えること)をまずは習慣づけるべきです。

・新たな冷却法は有効か

日本救急医学会のガイドラインは病院(搬送先)での治療に焦点を当てているため、この部分では低体温療法や冷却輸血・蒸散冷却などの冷却法が挙げられています。これはスポーツ現場にみられる労作性熱射病の応急手当とは環境が全く異なるということをアスレティックトレーナーは知っておかなければなりません。労作性熱射病の対応をする際は『Cool First, Transport Second』を念頭におき、生存率を高めると同時に後遺症を最小限に抑えるためには現場での迅速な冷却を優先して下さい。もっとも有効とされている冷却法はCold Water Immersion Bath(アイスバス)ですが、大量の氷・水・人が入るサイズのタブを準備するのが難しい場合は氷水に浸けたアイスタオルでできるだけ多くの体表面を覆い、2~3分おきにタオルを交換する方法を推奨します。労作性熱射病の場合、氷嚢を動脈に当てる方法では冷却速度が間に合いません。そのため水道の位置と氷が手に入る場所を事前に把握しておくことはとても重要です。


・冷却目標温度と冷却時間はどのぐらいが適切か

労作性熱射病の冷却を行うとそのまま低体温に陥るケースがよくあります。それは熱射病によって中枢神経系による体温の調整が破綻している証拠であり、高体温から平温を通りこしてそのまま低体温を引き起こしてしまうからです。もちろん熱射病から生存するためには深部体温を一刻も早く下げる必要があるため、冷却が何よりも優先されるべきなのですが、冷却をすれば必ず体温調節機能が戻るわけではないということを知っておかなければなりません。
日本救急医学会のガイドラインにもある通り「浸漬させる水槽の水温が10℃未満であれば38.6℃、10℃以上であれば37.8℃の直腸温を目標とした冷却をおこなえば、低体温を生じることなく、安全である」ことが先行研究より報告されています。
またNational Athletic Trainers' Associationは30分以内に39℃以下に冷却することが一つの基準として書かれています。私が熱射病の対応をする際も39℃を目安に冷却を中断します。ほとんどの場合は中断後も体温の下降がしばらく続きます。労作性熱射病の応急処置は常に体温の変動に合わせた対応が必要とされるため、プローブ式の温度計を使用して常に直腸温をモニタリングしておくことが重要です。




熱中症に合併するDICの治療は必要か
と、熱中症における臓器障害に有効な治療は何かに関しては、迅速な冷却が行われていれば血液凝固異常(DIC)や臓器障害などの後遺症に発展しないことがわかっています。そのためスポーツ現場で働く人はまず十分に水分補給のできる環境を整えるなどの熱射病予防に徹すると同時に、熱射病が起きた時には迅速に冷却できるよう事前に環境を整えておくことが大事です。