3月11日

たくさんの命の炎が消えた日

なくなって初めて大切なものに気付かされた日

当たり前だと思ってた日々が、実は奇跡だったことに気付いた日


誰をうらめばいいの?

誰を責めたらいいの?

首相?東京電力?防波堤を作った会社?


人間は必ず誰かのせいにしたがる

自分を落ち着かせる為に

想定してなかった事が起きたとき、パニックになってだれかにすがる

仲間を見つけて、誰かを責める


つよぶる人間ほど、弱い

潰れそうになる自分を強く見せる為に


一年たったいまでも、家族の帰りを待ってる人

目の前でお母さんが津波にのみ込まれた男の子は、いまだに「お母さんのところにいきたい」と言って、おばあちゃんを困らせる

死亡したことを認めたくなくて、死亡届けを出さない家族



震災がおきてメディアは東北の現状を伝えてるけど、全然違う


「自分たちの大切な人が亡くなった場所を、カメラでとったりしてほしくない」

そんな現地の人の声を、尊重してほしい


被害似合った方々が、「被災者」としての生活から「一市民」としての普通の生活を送りたがっていること

福島から来た子を、入学拒否したりいじめたり

それってすごい寂しいこと


被災地の為に歌を作る
服や食料を送る
ボランティアで瓦礫撤去しにいく

人それぞれができることは確かに違う

千羽鶴を送るのも、いいかもしれない

震災孤児を、受け入れるのもいいかもしれない


だけどまずできること

やらなきゃいけないこと


この先10年、20年たって、50年たって、震災を体験していない子達が「もう震災体験談とかいいから」って馬鹿にするようになる未来がきても

一人一人が、震災を忘れないこと


実際にあった出来事を、心に刻むこと


それが私たちに与えられた課題なんだと、わたしは思う

時はどんどん流れていく