「クレヨン王国いちご村」という本の一部をのせます。
クレヨン王国
いちご村
福永 令三/作
はじめに
「そんな話、はじめてきいた。」
と、正君(ただしくん)は、ねちゃねちゃする口のおくから、かすれ声をふりしぼりました。
「そうなのよ。だから、おばあちゃんも、おかあさんのときと同じように、わざと十二色の小さいクレヨンを買ってきたのよ。おばあちゃんの子どものころは、二十四色のクレヨンがいちばん大きいのでね。ほしいなあと思ったもんだけど、いまは、三十六色なんて言うのもあるんのね。」
ベットの上の正君は、目をとじました。
「もう、かえっていいよ、おばあちゃん。」
おばあちゃんは、とけいを見ました。
「じゃ、あしたは六時には、くるから。」
「もっと、おそくでいいよ。」
「もっと早くこられるよ。明るくなったらすぐにくるよ。」
おばあちゃんは、小さなまるいせなかをむけました。
「ママに知らせちゃ、だめだよ。」
「はい、はい。」
おばあちゃんのひきずるスリッパの音が、小さくなっていきます。
わかわかしいわらい声が、ばくはつしたように病院のろうかにひびきわたりました。
看護婦さんの声です。
看護婦詰め所の前で、おばあちゃんが看護婦さんになにかいったのでしょう。
それから、まったくしずかになりました。
――つめたい水を、ぐぅっとのんで、こののどのねちゃねちゃをきれいにできたら、
あとはなんにもほしくないんだけどなあ。――
でも、あすの朝までは、なにがなんでもしんぼうです。
おなかを切って、盲腸の手術をしたのは、まだけさのできごとなのですから。
パパとママは町内の人たちと、オーストラリアに旅行中です。
正君は、学校はともかく少年野球の予選があるので、いかない、といいました。
オーストラリアのコアラもカンガルーも、野球にくらべたら、たいしたみりょくではありません。
なにしろ、五年生でガンバルーズの三番バッターなのですから。
――こんなことになってどうせ野球に出られないのなら、オーストラリアへいけばよかったなあ。でも、むこうでおなかがいたくなったら、もっとこまっていたな。だから、やっぱりいかないでよかったんだ。――
正君の目は、枕頭台の上の小さなクレヨンのはこと、スケッチブックの上にそそがれました。
――おかあさんも、盲腸を切ったことは知ってたけど、同じ五年生の春ってことはしらなかったなあ。
クレヨンの話も、きいたことがなかったなあ。――
小学校5年生のおかあさんが盲腸の手術をうけたとき、おばあちゃんは、十二色のクレヨンとスケッチブックを病室にもっていきました。おかあさんは、絵をかくのが好きだったからです。
すると、おかあさんの眠りの中へ、クレヨンたちが、1本1本、順・々にあらわれて、とてもおもしろいお話を
してくれたというのです。おかあさんは、そのお話を、絵にかいて、おばあちゃんに、説明してくれたそうです。正君は、べつだん、絵が好きではありません。夢もいろいろ見ますが、クレヨンが出てくる夢などは、ただの一度もありません。
――おばあちゃんは、おかあさんのときと同じにしたいんだなあ。――
正君は、ふと、おばあちゃんの心の中を見たような気がしました。おかあさんのときは、きっと手術のけいかがよかったのでしょう。そのときと同じようにすれば、おなじように、早くよくなると、おばあちゃんはおもえたのでしょう。

