近頃、わたし、疲れております

体力的に、ではありません。
精神的に
……いえ、脳みそ的に
その原因は……
むすめからの「なんで
」「どうして
」の質問ぜめの日々
昨夜も眠りに落ちるまで。
今朝も、起きてから保育園で別れるまでの約2時間ずっと。
しゃべりっぱなし、問いかけられっぱなし。
「ねぇ、ママ、なんできょうは、おつきさま、みえないの
」「雲がたくさんかかってるから隠れてるのかな」
「そっか、どうして、くもがかかってるの
」「お天気がわるいからだよ、明日は雨かもしれないね」
「なんで、こんなにたくさん、あめふるの
」「梅雨だからだよ」
「ちゅゆってなに
」「春と夏の間にある、雨がたくさん降る季節のことだよ」
「へーそっか、きせちゅね~、わかるわかる」
本当にわかっているのかどうかはさておき、そして、私の受け答えにもいちぶ「それでいいのか!?」という回答があるのもまた、さておき。
…ここで、会話が終わったかとおもいきや

「ねぇ、ママ、どうして、くちゅしたは、みぎとひだり、どっちでもいいの
」新たな質問が始まった~

「いま履いている靴下は、右と左どちらでもいいデザインだからだよ」
「だれが、かってあげたの
」「ママが選んだんだよ。買ってくれたのはパパだよ」
「なんでこのデザインなの
」「あなたが、このデザインすきそうだな~って思ったからだよ」
「しょっか、ありがと、ママ」
…ふぅ。
さて、これで、やっと終わったかな……なんて、あまい、甘い。
「ねぇ、ママ、このおようふくは、なんで、はんそでなの
」「なんで、おようふくは、くろのしましまで、
おりぼんは、あかのしましまなの
」うぅっ…。
なんで、って言われても…。
と、こんな風に、起きているあいだ、ずーーーーっと会話が止まりません。
会話というより、まさに、質問責め。
私のボケ防止のため、むすめが脳を鍛えてくれてるんじゃないかしらと思うくらい、すごいテンポで次々と質問が飛び込んできます。
「そうね~、なんでだろうね~」「パパに聞いてみたら?」などと、ちょっとでも流したりテキトウな雰囲気をだした受け答えをすると、納得できず、ふてくされたり立ち止まって考え込んでしまったり…。
いじけたむすめをなだめるほうがよっぽど面倒なので、なるべく、最初からきちんと答えるようにしています。
ちなみに、ときどき、質問が難しすぎて回答に詰まってしまうと、
「ねぇ、ママ、ぱしょこんかあいほんで、調べてみたら
」とアドバイスをくださいます…。
んもう、いまどきのこどもって

…と、むすめに対して文句を書き連ねているようですが、違うんです。
こんなふうに、「ひとり」と「ひとり」として対話ができるようになったことは、とても嬉しい成長です。
それに、最近のむすめは、イヤイヤ期ピークが終わったのか、ごきげんがよいことが多く、いつでも鼻歌が出たり、くるくると舞い踊ってみたり。
そんな姿を見ていると、かわいくて食べてしまいたくなります


そう。
とっても良い子なんです。
ただ、とにかく、目に見える耳に聞こえるすべてが気になって仕方がない。
疑問に思ったことは、納得する答えが帰ってくるまで追求したい。
3歳を目前に、またすこし成長して、こんなお年ごろになったんですね。
そんな「今のむすめ」に納得してもらえるよう、そして、「もっと知りたい」という気持ちが満足してくれるよう、できる限り真摯に受け答えし、(ぱしょこんやあいほんで検索しながら)正確な情報を伝えていこう思っています。
この「なんで?」「どうして?」に対峙することが増えたあたりから、むすめに対して「優しく厳しく冷静に丁寧に、ときどき一緒にアホアホで」を心がけるようになりました。
私は、そこそこ短気なタイプなので、
「むすめとのエンドレスな会話を強制終了して、さっさと家事を終えたい

ちょっとはテレビも見たい

メールの返事もしたい~
」とイライラしてしまうことも多々……。
そう。
冒頭の「疲れている…」ということのほんとうの原因は、むすめがどうこう、ではなく、自分自身で定めたこの「心がけ」だったんです。
だから、本当は、だれにも文句を言っちゃいけないのです

この「心がけ」を守ると、受け答えにほんとうにたくさんの時間がかかるので、自分のことは以前よりもっとできなくなってしまいました。
でも、むすめと私の関係は、以前より明らかに、そして、圧倒的に、深く良くなったと実感しています。
だから、いいんです。
いいことばっかり、なんです。
でも、ほんっとに、脳みそが疲れる~

今夜はもう、寝かしつけで計画的寝落ちにしちゃおうかな


1日に何十回となく耳にする、むすめからの、
「ねぇ、ママ
」を、聞きながら。
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