市民病院の大変、お世話になった先生たちが
3月末を持って 退職されました
自分の命を3回も救ってくれた先生です
今から25年前 町医者から紹介状を書いてもらって
市民病院の泌尿器科に行きまして尿路結石
腎臓結石 それらが詰まって敗血症にもなり
緊急人工透析も経験しました あれはしんどいです
血液のろ過を行うため 水分は取れず 喉がカラカラで
2時間~3時間かけて透析を行います
病室に戻り、お茶を9リッター飲み 脱水症上になり
夜中に女房に電話して 女房はバイクの免許しか持ってなく
駆けつけてきてくれた時の自分は骨と皮・・・
退院して 左腎臓に癌を発見
市民病院で腎臓摘出のような大きな手術はしてないと言われ
大学病院に紹介状を書くと言われ
自分が住んでいる町から大学病院まで電車で片道1時間30分
かかります 先生に無理を言って この市民病院で
腎臓の摘出の手術をお願いしました
医師は困った感じで 必死の訴えで承諾してもらえました
いざ手術本番 5時間程度の手術のはずがフタを開けてみたら
腎臓もダメ 尿管もダメ 膀胱の一部もダメで合計18時間
あまりの手術を主治医が行ってくれました
入院すると必ずイレウスになり、腸閉塞です
便が全く出なくなり 40日の絶食が始まります
人間 40日間 何も食べなくても点滴のみで でも便は
出ます 何も食べてないのにタール便が出ます
オムツの中でする排便 処理するのを超嫌そうにする看護師
恥も外聞もありません そんな世界です
体重も30キロ落ちました 30キロ落ちると人はベッドから
立ち上がる事すら無理で リハビリの先生と付きっきりで
ベッドから座る事 立ち上がる事・・・
この立ち上がる時 手を貸してくれたのは長男です
長男も当時 腰痛で辛かったと思います
リハビリを続け 何とか歩けるようになり退院して
10年ほどは平和でした 医師も もう大丈夫でしょと言った
その時 膀胱内視鏡で写真に写ったのが 癌の再発
これが今年の2月です 入院したら腸閉塞を起こす自分だから
手術した翌日に退院させてくれました
そして現在に至るわけで簡単に書きましたけれど色々ありました
命の恩人の先生が退職されました
定年なんて とっくに越していると思います
70歳ぐらいかな? やっと先生は普通の人になれたんです
医師の生活は大変だったと思うし 自分みたいな少し変な
患者もいる そうそう 自分は耳が聞こえません
補聴器をつけていますけれどパーフェクトには聞こえません
一生懸命 筆談をしてもらえた良い先生です
そっか やっと 自分の時間を持てる時が来たんですよね
めでたい事なんですよね・・
次の検査は7月の中旬です
この4月1日から市民病院の運営が変わります
となりの市と合同で病院を行うそうです
だから 7月にどんな医師が自分の担当になるか?
全くわからない状況です
医師は退職と言う手がありますが 患者は最悪 死と言う
選択しか無いかも知れません
市民病院だけで25年です
耳の手術とかは 51年前になります
耳が全く聞こえなくなって51年か 半世紀ですね
手話が出来るワケでもないし でも一応 恋愛をして結婚して
子宝にも恵まれて それぞれ子供達も大人になり独立して
みんな それぞれの暮らしがあり元気にしてると思います
貧乏な家に自分は産まれて 中学の時に自分の耳の手術代と
入院費用を考えていました もうあかん!と言う一歩手前で
自分は危機から逃げれるようです
現在 66歳 我が家の血筋は短命で60代の人はは少ない
ここまで色んな人たちの手によって命を繋いでもらえました
天寿を真っ当するまで生きて生きて 生き抜いてやろうと思います