前回のお話はこちら!

 



「ブラン警視正が直々に来日されるのですか?」


インターポール(国際刑事警察機構)のブラン警視正は国際テロ担当部署の責任者である。

菜々子の直属の上司で、雪那も研修時代に世話になった人物だ。


「流石に乗っていた車が爆破されたとなると、これ以上は危険との判断らしいわ。正直私もこれ以上、桜樹警視を危険に晒したくはない。

今後はブラン警視正と私が捜査に当たる事になるでしょう」


「約束を守れなくてごめんね」


菜々子を捜査担当から外させない、と言った事に対してだろう。


「いえ、謝らないで下さい。神代警視は私が捜査を続けられる様、十分尽力して下さいました。上からの命令ですから仕方ありません。

……それで、当然私への帰国命令も出ていますよね」


菜々子は何とか納得しようとするが、やはり言葉に力がなかった。


「……帰国に関しては」


雪那が言葉を継ぐ。


「ブラン警視正が日本にいる間、じっくりと考えてもらっていいとの言葉を頂いているわ」


「それは……」


「このまま日本にいるか、フランスに帰るかは桜樹警視の判断に任せるから、ゆっくり考えて欲しいって」


雪那は珍しく言いにくそうに言う。


「但し、日本に残る場合はインターポールは辞職してもらわなければならない、と」


つまり、ブラン警視正は


「インターポールを辞めて結婚しなさい」


と言いたいらしい。


色々と混乱し、考え込む様子の菜々子に


「時間はまだあるから、ゆっくりと考えて」


と、声をかける。


雪那は特に嬉しそうではない。


特務班の面々も、これまでの菜々子の頑張りを無駄にするばかりか手柄を横取りするつもりかとインターポール側を非難するが、命令には従わざるを得ない。


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帰宅後ー


菜々子はしばらくは今まで通り雪那の部屋で過ごす事になった。

雪那は今、ホテルの隣室にいるSP達と打ち合わせをしているため、席を外している。


菜々子に対しては、今後は警視庁への出勤の必要もなし、外出も極力禁止との指示が下りている。

更に、隣室にはSPが二人待機している。


警護のためとはいえ、今度こそ本当の軟禁状態になる。


ブラン警視正が来日するまでは、この体制らしい。


菜々子は元々インドア派ではあったが、人間あまり外出しないとろくな事を考えないな、と思う。

彼女は自分の存在価値について考えていた。


テロ事件に関われなくなったのは確かに残念だが、まさかインターポール側にも帰って来ても来なくても構わない「いても、いなくてもいい存在」だと思われていた事は少なからずショックだった。


更には雪那まで自分と結婚しやすい状況になったのに、あまり積極的でない様子を示した事に対しても、菜々子は意外にも傷付いていた。


しかし客観的に見ると、雪那はあの警視総監の娘と交際した方が、自分と結婚するより大いにメリットがあるのだから、彼のためにもその方が良いのかもしれないと思う。


(やはり私は誰にも必要とされない人間なんだ)


(自分の居場所はどこにもない)


幼い頃に抱いた思いが、また頭をもたげてくる。


それらの思いを払拭するかのように、菜々子はPCに向かい"最後の仕事"に集中した。


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「ナナ……」


いつの間にか、雪那が後ろにいた。

何度か呼ばれたのに、全く気付かなかったらしい。


「簡単に背後を取られるなんて、らしくないわね」


「殺気がなかったもの」


「なるほどね」


帰ってきた雪那は、いつもの様子だった。


「はい、差し入れでーす♪」


そう言って、菜々子の頭の上にコンビニのビニール袋を乗せる。


中身はツナマヨのおにぎりにピザまんに焼き鳥、プリン。

日本に来てからの菜々子の大好物ばかりだ。

ホテル内のコンビニで買ったのだろう。


「悪いけど…食欲ない」


「朝も食べなかっでしょ。お腹が空いてると、ろくな考えが浮かばないわよ。一段落して、おやつにしなさい」


「ありがとう。お茶入れるわね」


「アタシがやるから座っていなさい」


雪那は、これも日本に来てからの菜々子のお気に入りである緑茶を淹れる。


彼なりに気を遣ってくれているらしい。


「やっぱり、おにぎりや甘い物には、熱い緑茶が一番ねー♪」


雪那も菜々子の隣に座って、自分用のおにぎりを食べ始める。


菜々子は、そんな雪那が愛しいやら切ないやら…複雑な気持ちになる。


ーやっぱり、本当はこの人と離れたくないなぁ…。


「アタシ、結構おにぎり作るの上手いのよ。ナナがお嫁に来たら教えてあげるわね」


「雪那、わたしは……」


「おっと…」


雪那は菜々子の唇に人差し指を当てる。


「まさか本当に諦めるつもり?あれだけ復讐なんて止めて新しい人生を歩みなさいって言っても、自分で事件にカタを付けるまでは他には何も出来ない、って聞かなかったのに」


「えっ……!?」


「そして、婚約までなかった事にしようとしてるでしょ?」


「それは…」


「お馬鹿さん」


「約束したでしょう?私はあなたの願いを叶えるためなら何でもするし、絶対に死なないし死なせないから……」


「私をあなたの新しい家族にして欲しい、結婚して…って、言ったでしょう?」


「でも、そんなの、ユキのためにならない」


「ますます、お馬鹿さんねぇ。あなたが考えている事の方が、よっぽどアタシのためにならないわ」


雪那は気が進まなくなったのではない。

ただ、菜々子の不運に付け入るような形で結婚する事は避けたかったのだ。

テロ事件に彼女自身で何らかの決着をつけなければ、結婚したとしても彼女も自分も心が満たされる事はないだろう。


「表から行くのがダメなら、裏に回ればいいじゃない」


「どういうこと?」


「表面上捜査を外されたからって何よ。あのオジサンが来るまでに裏から事件に関わる作戦を考えるのよ」


彼にかかればブラン警視正もただのオジサンらしい。


「そんな事に加担したら、あなたもただでは済まないわよ」


「それだって何度も言ったでしょう?大した事ないって。アタシにとって、ナナコ以上に優先させるべき事象なんてないんだから」


「……ありがとう、ユキ」


その時、PCが反応した。


「……あ」


途端、菜々子が画面を喰い入るように見つめる。


「どうしたの?」


「例のテロリストのものと思われるダークウェブサイトを漸く発見したわ」


「確かなの?」


「間違いないわ。ハッキングを試みます」


菜々子は物凄い速度でキーを打ち始めた。


(つづく)


*お読み下さってありがとうございます!


*無性にコンビニの軽食やスイーツが食べたくなる時って、ないですか?


*菜々子はピンクが好き


私も新しいPCが欲しい…(笑)