健康のための街歩き。

 

数週間前から 毎週日曜日に 江戸三十三観音札所巡りを始めました。

江戸時代にあった三十三観音の札所のうち 

廃寺になったところなどを 半数以上入れ替えて、

1976年(昭和51年)に 「昭和新選江戸三十三観音」として

選定したそうです。

 

 

第一番金竜山浅草寺

 

言わずとしれた 浅草の観音様。

数週間前に 言ったのですが、合羽橋にある第二番札所の清水寺に

本日言ったので 浅草寺の写真も取り直してきました。

 

浅草寺の歴史は1400年前 推古朝に遡るそうです。

隅田川で漁をしていた兄弟の網に

聖観音菩薩像がかかった。

それが 浅草寺のご本尊。

 

源頼朝や足利尊氏の庇護を受けて、

1590年徳川家康が江戸に入府すると

浅草寺は祈願所に定められ 篤い庇護を受けた。

 

5代将軍綱吉以降は 上野の寛永寺の支配下に入り、

浅草は拡大していく江戸市街地に吸収され、

江戸有数の盛り場になったそうです。

 

 

雷門

1960年 松下幸之助氏の寄進により再建。

意外と新しいんですね。

 

 

仲見世

日本で 最も古い商店街の一つ。

 

 

宝蔵門(仁王門)

こちらも1964年 大谷重工業社長・大谷米太郎ご夫妻の寄進により再建。

 

五重塔

1973年に再建。

東京大空襲ですべて焼けてしまったことは

もちろん知っていたけれど、

どの建物も 私が生まれた前後にできたものだとは…。

 

本堂

1958年再建。

本堂だけは 比較的早く再建したんですね。

 

焼失する前は どれも国宝だったみたいです。

多くの人が空襲で亡くなっているのに 

建物の消失を惜しむのもどうかと思うけど、

江戸時代 江戸は日本の中心だったのだから、

どれだけ立派な建物があったのかと思うと…残念です。

 

 

影向堂

ようごうどう と読むようです。

ここで 御朱印をいただけます。

 

御朱印を集めるだけで、

参拝しない人がいるのは残念だ。

ちゃんと参拝するように 書かれていました。

 

…すみません、私もスタンプラリー感覚です。

 

宗教好きじゃないけれど、

お寺に失礼なのは申し訳ないので、

ちゃんと参拝することにします。

 

 

伝法院通り

 

着物姿の人がたくさんいましたが、

ほとんどが日本人観光客だと思います。

レースの着物とか、裾を足首の上まであげてブーツを履くとか…

レースの着物は可愛いと思ったけど、

着物にブーツには ついていけない感覚。

まあ 世の中 変化しますからね。

慣れれば 気にならなくなるでしょう。

 

 

伝法院

浅草寺の本坊。一般公開されていません。

この門の後ろに 小堀遠州の庭園(1万2200㎡)と

江戸時代の建物があります。

 

 

 

 

ここから 浅草六区通りになります。

六区は映画館や劇場が並んだ旧歓楽街。

50年代後半が最盛期で 一時寂れたけれど、

最近 再開発で人が増えているそうです。

 

 

浅草演芸ホール

フランス座(ストリップ劇場)があったところです。
今は 寄席を中心に漫才や手品が行われているそうです。

 

浅草ロックブロードウェイ

 

このあと 国際通りを渡った向こうが合羽橋。

第二番札所 清水寺のところで書きます

 

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第一番札所 浅草寺 

〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1

東武スカイツリーライン:浅草駅より徒歩5分
東京メトロ銀座線:浅草駅より徒歩5分
つくばエクスプレス:浅草駅より徒歩5分
都営地下鉄浅草線:浅草駅A4出口より徒歩5分