約1ヵ月前のクリニックブログ(3月8日)では論文から得られた情報を中心に、新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)に関する全体像を説明させていただきました。
そして、その直後の3月11日には、世界保健機関(WHO)はCOVID-19の感染拡大をパンデミック(世界的流行、感染爆発)と宣言しました。4月4日には感染者が全世界で100万人を超え、6万人以上が死亡したと報告され、感染拡大はさらに広がっています。
「今後日本での感染はどうなるのか?」「世界におけるCOVID-19流行の終焉はいつか?」が誰にとっても気になるところですが、現時点でこの2つの疑問に確信をもって答えられる医師はいないでしょう。
しかし、今回は科学的に検討された論文や感染症専門の先生方の話をもとに、今後の感染の行方を小児科医の立場から考察してみました。
<まとめ>
COVID-19の爆発的な感染(オーバーシュート)の発生を抑え、医療崩壊を起こさず、現代の医療で救命できる患者さんを確実に救命することが現在の日本における目標です。
しかし、オーバーシュートを1度回避できたとしても、第2波、第3波発生の危険性は常に存在し続けます。日本での感染が抑えられたとしても、今後流行が起こると考えられる地域、例えば南半球などの海外から感染者が輸入例として入ってきて、そこでクラスター感染(集団感染)を生じる危険があるからです。COVID-19をある程度コントロールできるようになり感染拡大を終息させるには、大きく2つの方法しかないと考えられています。
1つ目は、日本人の70~80%が新型コロナウイルスに対する抗体を持つことにより感染を広げないようになる、すなわち集団免疫をもつことで、これには実際に感染する(自然感染)か、ワクチンで予防するしかありません。新しいワクチンができるには最低でも1~2年はかかるだろうと言われています。そして、ワクチンだけで感染拡大を防ぐのは実際には難しいでしょう。
2つ目は、安全で有効な抗ウイルス薬ができることです。毎年流行する季節性インフルエンザと同じように外来で迅速検査を行い、陽性者に薬を投与して治療ができるようになれば感染の広がりを防ぐことができます。新しい治療薬をこれから開発したら1~2年以上はかかってしまいますが、すでにインフルエンザウイルス治療薬として認可されているファビピラビル(商品名:アビガン)が最も期待できそうな薬です。COVID-19に対する臨床試験が始まりましたが、動物実験での副作用が指摘されているため、インフルエンザ感染症の治療薬であるオセルタミビル(商品名:タミフル)のように一般の外来で使用できるようになるかはまだわかりません。
これらの状況を考えると、COVID-19の流行をコントロールできるようになるには、アビガンが一般の外来で使用できるようになった場合で1年、そうでなければ流行を繰り返しながら2年近くかかってしまう可能性さえ考えられます。
<国内感染者の年齢層と重症度>
前回のブログでは中国での感染者をまとめた論文の内容を提示させていただきました。今回は厚生労働省から報告されている日本国内での4月3日時点での感染者情報(クルーズ船の感染者を除く)を[図1]に示します。この報告では重症の定義は示されていませんが、おそらく人工呼吸器による管理が必要となった感染者だと思われます。
現在、日本国内では50歳未満で死亡された方はいなく、高齢者が重症となるハイリスク群であることは中国からの報告同様です。最近では若年者や乳幼児の重症例も報告されていますが、極めて希な例として考えていいと思います。
比較として毎年流行する季節性インフルエンザ感染症についての情報を提示してみます。2018年秋-2019年春にかけてインフルエンザ感染症で死亡されたのは3325人で85歳以上の高齢者が8割以上を占めています。20歳未満で亡くなられたのは25人で、うち10歳未満は19人でした。また、死亡には至らないまでも後遺症を残すことがあるインフルエンザ脳症を合併する感染者は毎年100人くらい報告されており、特に10歳以下の小児がハイリスクとなっています。インフルエンザウイルスはワクチンや複数の抗ウイルス薬があるにも関わらず、重い症状を引き起こすことのある感染症であることが改めてわかります。
COVID-19の重症者ハイリスクは高齢者で、インフルエンザ感染症のハイリスクは高齢者と小児です。この違いは、COVID-19が当初“新型肺炎”と呼ばれたように、主な症状は呼吸器症状(咳、痰、息苦しさ)で、言い換えれば呼吸器症状の悪化がCOVID-19の重症度および致死率を左右しています。したがって、単に高熱が続くというだけでは重症とは扱われません。それはこの感染症がインフルエンザウイルスのように脳炎や脳症、髄膜炎といった中枢神経系の合併症を認めることは基本的にはないからです。
外来で熱や咳が続くお子さんのご両親に「新型コロナウイルスは大丈夫でしょうか?」と質問されることがありますが、「新型コロナだったら逆に心配ありませんよ」とお話ししています。呼吸器症状以外に中枢神経系の合併症を生じることあるインフルエンザウイルス、RSウイルス、ヒトメタニューモウイルスの方が乳幼児や小児にとってはもっと怖い感染症であると思っている小児科医は多いでしょう。
<現状と今後の感染予測>
4月5日現在、日本は他の諸外国のようにオーバーシュート(感染爆発)には至ってないと考えられています。ただし、感染症専門家会議では、まさにギリギリのところにいる状態であるとの見方で、いつそのような状態になってもおかしくない状況です。
オーバーシュート(感染爆発)が生じて問題となるのは、医療体制が追い付かない状態(医療崩壊)を生じてしまうことです。医療崩壊が生じると、通常の医療行為で救える命を救命できなくなってしまいますが、中国武漢やイタリアを中心にした欧州で死亡者が多いのはこのためです。
[図2]で示した赤い線がオーバーシュートになってしまい医療崩壊が生じているもので、青い曲線がオーバーシュートには至らずに医療崩壊を避けられた場合の経過となり、日本はこの青い曲線のような経過になることを目指しています。ただし、最近ではオーバーシュートに至らなくても医療崩壊が生じてしまう可能性が指摘されています。
赤い曲線も青い曲線も1回目の大きな感染の波を乗り越えたとしても、2回目、3回目の感染の波が生じる可能性があります。日本国内で一定期間感染が防げたとしても他の地域から感染者が入り込めば、新たな感染の流行を生じてしまうからです。現在はヨーロッパや米国、アジアなどの北半球での流行が中心ですが、今後は南半球や途上国の流行が中心となってくる可能性が高く、世界全体でのウイルス拡散が終息しなければ感染がコントロールできた状態であるとは言えないでしょう。
例えば、麻しん(はしか)は2015年には世界保健機関(WHO)から日本で土着の麻しんが発生することはない“麻しん排除状態”であるという認定を受けています。ところが、2016年~2018年は毎年100人以上の麻しん感染者を認め、2019年は日本国内で600人以上の麻しん感染者が報告されています。これは2017年~2018年にヨーロッパで麻しんの大流行が認められたこともあり、海外からの輸入感染者によって国内でクラスター感染が生じたためです。(詳しくはブログ「風しんと麻しん(はしか)の流行」をご覧ください)
麻しん(はしか)ワクチン接種を受けた1~20歳代くらいまでの方は麻しんウイルスに対する抗体を持っていますが、それにも関わらずこのようなクラスター感染を生じていますので、COVID-19ならこの何倍~何十倍の感染拡大を生じてもおかしくありません。また、COVID-19は感染していても症状のない無症候性感染者や症状の軽い感染者がいるため、高い熱が出る麻しん感染症より感染者を見つけクラスター感染を防ぐことはより難しいことが予想されます。
それでは、感染の流行を生じさせないためにはどのようにしたらいいのでしょうか? 大きく分けて2つの方法が考えられます。
<集団免疫による感染防止 集団免疫とは?>
流行をコントロールする1つ目の方法は、集団免疫を持つことです。ここである地域の集団を想定し、あるウイルスに対するワクチンによる集団免疫について[図3]を使用し簡単に説明します。青い人は、ウイルスに対するワクチン未接種で感染していない健康な人、黄緑の人はワクチン接種済みで免疫のある健康な人、そしてピンクの人はウイルスに感染してしまった人です。
図Aでピンクのウイルスに感染してしまった人が、青のワクチン未接種の人たちの中に入ると(図A左)、集団全体に感染が広がりほとんどの人が感染したピンクの人になってしまいます(図A右)。図Bのようにワクチン接種をしている黄緑の人が少数いる中に、ピンクの感染している人が入った場合も(図B左)、同様にほとんどの人がピンクの感染した人になってしまいます(図B右)。
ところが、図Cのようにほとんどの人がワクチン接種をしている黄緑の集団の場合(図C左)、ピンクの感染した人が入っても感染は広がらずに流行は起こりません(図C右)。このように皆でワクチン接種を行ない、ウイルスに対する抗体をつくることで流行を抑えることを集団免疫といいます。どのくらいの人が免疫(抗体)を持っていれば流行が起こらないかを示す指標を「閾値(いきち)」と言いますが、閾値はおよそ70~80%と考えられています。
つまり、集団免疫によって新型ウイルスの感染拡大を防ぐためには、日本に住む人の70~80%の人が実際に感染して抗体をつけるか(自然感染)、ワクチンにより抗体をつけるしかありません。しかし、自然感染で抗体がつくのを待つとすれば数年はかかってしまいます。
通常のワクチンは製造開始から実際に使用できるようになるまで5~10年近くかかります。基礎研究から動物実験を経て、実際に人を対象とした臨床試験が行われますが、ワクチン接種後の効果や特に副反応の検討が大切です。非常事態下で緊急に開発が行われても1年で実用化されるとは考えにくいでしょう。
また、ワクチンの有効率は対象となるウイルスによって異なり、麻しん(はしか)ワクチンでは90%以上と高率ですが、季節性インフルエンザワクチンは年によって異なりますが50~60%であるため、ワクチンを接種したからといっても必ず感染拡大を防げるわけではありません。
万が一、安全で有効なワクチンが早期に開発された場合、COVID-19の感染者の中には無症候性感染者や症状の軽い感染者も含まれるため、ワクチンを接種するにはすでに感染しているかどうかの判断を検査で行う必要があります。最近、新型コロナウイルスの抗体検査キットがKURABOから販売され、IgM抗体とIgG抗体が少量の血液により15分で計測できるようになりました。IgMは感染後早期に上昇し短期間で消失するため現在の感染を示し、IgGはIgMよりやや遅れて上昇し、長期間持続するため過去の感染を診断することができます。この検査によりIgG抗体陰性者にワクチン接種を行い、IgG抗体陽性者はすでに感染しているためワクチン接種の必要がないことになります。
ちなみに中国武漢市では、感染のピークは去り、閉鎖していた町の状態も徐々に解除されているようですが、武漢市の人口は約1100万人で新型コロナウイルスに感染した人は約5万人と報告されており、感染者の割合は0.5%にも満たない値です。無症候性感染者や軽症により診断されてない人を考慮して感染者を10倍の50万人としたとしても感染者の割合は5%程度なので、この地域が集団免疫を持ったとはいえず、人の動きが始まれば再度感染の流行を生じる可能性があります。
<抗ウイルス薬による治療>
流行をコントロールする2つ目の方法は、感染者に抗ウイルス薬を投与しCOVID-19を治療することで感染拡大を阻止する方法で、こちらの方が現実的でしょう。
ただし、インフルエンザ感染症に使用するオセルタミビル(商品名:タミフル)のように、安全で有効な新薬をこれから開発するとなると、少なくとも1~2年はかかってしまいます。そうなると現在すでに効果があるのではないかと報告されている薬を使うのが最善な方法ですが、最も期待されているのがファビピラビル(商品目:アビガン)です。アビガンは日本の富士フィルム富山化学が開発したインフルエンザ感染症に対応する抗ウイルス薬です。動物実験での催奇形性(妊婦が使用すると胎児に奇形を生じる)が報告されているため、インフルエンザ治療では既存の治療で十分な効果が認められなかった場合等に使用することになっています。
中国では国産のファビピラビルをCOVID-19感染者に投与した臨床試験を行い、安全性と有効性をすでに示しています。日本でも酸素投与の必要がない比較的軽症な感染者に対する臨床試験が始まっていて、順調にいけば6月末に終了し実用化に向けて動き出せそうです。ただし、アビガンはタミフルと同じようにウイルスの増殖を抑える薬なので、症状の出始めに投与できなければ十分な効果は得られないため、病院やクリニックなどの一般外来で使用できるようになる必要があります。つまり、外来で迅速検査を行い陽性者には治療を行うという方法です。鼻咽頭の粘膜を擦って行うような、新型コロナウイルス用の迅速検査用のキットはすでに日本のベンチャー企業が開発をしたとの話があります。また、米国では専門の施設での使用になりますが、1時間程度で結果判定ができる自動遺伝子解析装置(Xpert® Xpress SARS-CoV-2)の販売許可が3月20日に降りています。
<現在の対応と今後>
これらの状況を考えると、COVID-19の流行をコントロールできるようになるには、アビガンが外来で使用できるようになった場合で1年、そうでなければ流行を繰り返しながら2年近くかかってしまう可能性さえ考えられます。
今後も流行が生じそうになった時には、その都度オーバーシュートの発生を抑え、医療崩壊を起こさず、現代の医療で救命できる患者さんを確実に救命していくことが医療サイドの目標になりますが、感染の流行を抑えるためには経済活動も控える必要があるため、国としてのかじ取りは益々難しくなってくると思います。
若い人たちの感染者を増やさないためには、COVID-19の感染症としての怖さより、今後生じる社会への悪影響をもっと理解してもらう方が現実的だと個人的には思います。このような状態が1年近く続けば、彼らたちの将来にも必ず何らかの形で影響が出てくるはずです。