羊文学『POWERS』感想&レビュー【突出した表現力】 | とかげ日記

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●突出した表現力

ソニー・ミュージックレーベルズ「F.C.L.S.」からリリースされた羊文学のメジャーデビューアルバム。

一曲目の#1「mother」。ファズギターの歪みが楽曲に重みを与え、ベースが"母"のような包容力のあるルート音を鳴らし、タメの効いたドラムが優しいグルーヴを産み出している。それらの上で歌う塩塚モエカのボーカルは神々しくも感じる存在感を放っている。

そうだ。これが羊文学なのだ。オルタナティブロック直系のザラザラしたテクスチャーの音楽性と、圧倒的な声量と技量を持った女性ボーカル。

ところで、同じ週に発売された松任谷由実や福山雅治の新譜も聴いてみたが、心の琴線から遠く離れた音楽だった。松任谷由実も福山雅治も、大ヒットした往年の名曲は聴き応えがあるのだが、それはメロディの強さがフックになっているからだ。メロディが弱いとフックを失い、聴いていられなくなってしまう。

僕にとっては、①メロディの強さ、②カウンターまたはオルタナティブな音楽性、③リリカルな歌詞--がフックの3大柱となっているようだ。そして、その3大柱が全て成り立った羊文学の奇跡の名曲#10「1999」を超える曲があるかが本作『POWERS』の聴きどころだった。(「1999」はとことんポップなアンセムなので全人類に聴いてほしい。ギターの音色が演出する華やかさや気持ち和らぐ温かさは、まさにクリスマスの曲だと思った。)



「1999」の名曲ぶりに迫るように、リード曲である#8「砂漠の君へ」#11「あいまいでいいよ」は素晴らしかった。「砂漠の君へ」の"君"へ想いをはせるギターポップの優しさに心を動かされたり、「あいまいでいいよ」で歌われる「あいまいでいいよ/本当のことは後回しで忘れちゃおうよ」という歌詞に反発しつつ共感したり…。この二曲はアルバムタイトル通り、パワー(訴求力)のある曲だと思う。





しかし、その他の曲では、僕にとってのフック3本柱の一つであるオルタナティブな音楽性は面白いけれども、メロディも歌詞も好きになれなかった。「まとまらない気持ちを歌うのは良いけど、まとまりのない歌を歌うのはダメだよね」と、あるアーティスト言っていたことが脳裏をよぎった。

また、シチュエーションによって歌を描き分けるソングライティングの力はあるけれども、その描かれるシチュエーション自体に共感できない。僕が好きな"神聖かまってちゃん"や"うみのて"や"ダニーバグ"も歌で歌われるシチュエーションが色とりどりだし、具体的なので共感できやすいし、気づきを得られやすい。

ただ、表現する内容に興味が持てなくても、羊文学の3人は音楽による表現力が突出している。前述した3バンドと比べても遜色ないと思う。一つ一つの息遣いや、一音一音の出し方に彼女たちの表現力が凝縮してアウトプットされている。特に、僕はギターの音色に魅せられる。ああ、#7「花びら」において、花びら一枚一枚数えるかのように音程が上下してつま弾かれるイントロのギターよ! #12「ghost」のファズギターの残響は本当にゴーストみたい!

彼女たちには「1999」を超えるアンセムをいつか作り出してほしい。彼女たちのクリエイティビティは枯れることがないと信じている。

Score 7.9/10.0

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