スピッツ『醒めない』感想&レビュー(アルバム) | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。




■スピッツ流のラジカルで明るいアルバム

アルバムの前に発表された「雪風」と「みなと」の印象が強くて、かすみやぼかしが魅力的な枯れたイメージのサウンドになるのかなと思っていたら全く違った。明るく、ラジカルな反抗精神にあふれたアルバムになった。亀田誠治さんプロデュースのアルバムでは『三日月ロック』と並んで好きになるアルバムになる予感がしている。

『MUSICA』2016年8月号のインタビューで、神聖かまってちゃんを聴くと安心すると語るフロントマンの草野マサムネさん。妙にまとまっていたり、良い子だなと感じる音楽が現状多い中で神聖かまってちゃんみたいなラジカルな音楽は少数だと語っていた。本作『醒めない』では、スピッツ流のラジカルな音楽が炸裂している。歌詞もサウンドもそれを言われたら、それをやられたら元も子もない、そんな感じ。

ウワモノの話をしよう。アコギの音も少し入っているが、基本的にマサムネさんがアコギではなくエレキで演奏している。インディーズのパンクバンド時代、マサムネさんはパンクには似つかわしくないアコギの音を取り入れることで音楽性が変化していった。今回、エレキに持ち替えたのもスピッツはアコギでポロロンとやるバンドだと思われることへのあまのじゃくな反抗精神だろうか。

ストリングスやホーンセクションが本作では表題曲「醒めない」のトランペットのみとなっているのも特徴的だ。ストリングスやホーンセクションを取り入れるサウンドが現在の邦楽にあふれていることへの反抗精神だろう。

今度はリズム隊の話をしよう。『三日月ロック』(2002年)からボトムが太く、ドラムの金物も目立つようになった。『三日月ロック』はウワモノとボトムが奇跡のバランスでサウンドを形成した、僕にとって最高のアルバムだったが、『三日月ロック』の次のアルバム『スーベニア』(2005年)からボトムが気になって、個人的に楽しめないアルバムが続いていた。本作『醒めない』ではボトムが全体のサウンドに上手く溶け込んでいる。『醒めない』は、控えめでもはっきりと主張するボトムが功を奏している。ドラムの抜けの良い力強いアタック音も心地良い。

カチっとしたコンセプトアルバムではないが、作る上で念頭に置いたコンセプトは「死と再生」だという。イアン・ギランとイボンヌ・エリマンが参加したアルバム『Jesus Christ Superstar』の影響でコンセプトを置くことを考えたという。コンセプトは「死と再生」だというが、「死」も今までのアルバム同様、確かに鳴っているが、個人的には「再生」の癒しの力を強く感じる。

#2「みなと」ではスカートの澤部渡(Mステで共演したことも話題になりましたね)、#3「子グマ!子グマ!」ではCzecho No Republicのタカハシマイが参加しているが、こうした新進気鋭の若いアーティストを起用するのも、変わらないままで常に進化し続けるスピッツらしい。

■全曲レビューとおすすめ曲

本作は#1「醒めない」の跳ねているビートで幕を開ける。完全にモータウンビートをモノにしていて、スピッツのリズムの柔軟性が分かる。「まだまだ醒めない アタマん中で ロック大陸の物語が」という歌詞が、ロックの理想と幻想を未だに信じ続けている僕には感涙モノだった。ロック大陸の物語は跳ねるように躍動するのだ。スピッツの4人もロックが今も変わらず大好きなんだなと嬉しくなった。

#2「みなと」。この曲は本当に神曲。哀愁ではあるが哀傷ではない、絶妙のバランスの切なさが光る。全編この曲のようなファンタシーとノスタルジーにあふれたアルバムをいつかスピッツには作ってほしい。ボーカルの声のくすみも味になっている。オススメです。

#3「子グマ!子グマ!」。いつまでも若々しいスピッツの魅力を堪能できる明るい曲。『さざなみCD』(2007年)あたりの頃の曲調を彷彿とさせる。

#4「コメット」。少しベタな曲調な気もするが、このベタさがすごくポップ。ベタでもスピッツにしか出せない切ない雰囲気が醸し出されているのがマジック。オススメです。

#5「ナサケモノ」。曲名は動物のナマケモノのもじりだろうか。本作『醒めない』の曲名はどれもスピッツのセンスが出ている。草野さんは死ぬまで恋について歌い続けるのだろうなと感じさせる歌詞。

#6「グリーン」。アップテンポのサウンドとみずみずしさに満たされた歌詞が聴き手の気持ちを上向かせる。

#7「SJ」。二本の絡み合うギターサウンドが夢想的で切ない。スピッツの4人だけで演奏されているが、4人の鉄壁のバンドサウンドを味わえる。

#8「ハチの針」。インタビューでも名前が出ていたが、Kula Shakerから影響を受けたギターロック。ギターサウンドや間奏のベースがちょっとインド的な要素を感じさせる。

#9「モニャモニャ」。ジブリ的なファンタシーとセンチメンタルな要素が溶け合った佳曲。ボーカルもギターも暗いメロディーなのに暗くない不思議。エレキギターのアルペジオとペダルスティールギターの浮遊感がどこか遠い素敵な場所へ僕らを連れて行ってくれる。オススメ!

#10「ガラクタ」。シングル「みなと」のカップリング曲。ユーモアとラジカルさに富んだロックソング。ジャカジャーンというアコギの音は、デヴィッド・ボウイの「Hang On To Yourself」から影響を受けているという。

#11「ヒビスクス」。ヒビスクスとはハイビスカスの一種。一輪の花にも似たColdplayのような麗しいピアノの音で始まる。サビは過去の曲でいえば、打ち込みだった「ババロア」を生ドラムで演奏したような疾走感がある。

#12「ブチ」。キメの多いサウンドをタイトかつ軽妙に決めるバース、かと思えば、ゆったりと優しさにあふれたサビで「君」を肯定する。「空も飛べるはず」において「君と出会った奇跡がこの胸にあふれてる」と歌っていたスピッツが「キセキは起こらない それでもいい そばにいてほしいだけ」と歌っている。それでも最後に「キセキが起こるかも ならなおいい」と歌う。醒めそうで醒めない夢というこのアルバムのコンセプトの一つを表した歌詞だと思う。

配信でリリースされた#13「雪風」。福岡産まれの草野さんが雪国を想像する! ウィンターソングには心を温かくする歌が多いけれど、この曲もそんな曲。「まだ歌っていけるかい?」という最後の歌詞は草野さん自身への問いかけでもあるはずだが、その前の「君は生きてく 壊れそうでも/愚かな言葉を 誇れるように」という歌詞がアンサーに思える。僕らは愚かな動物のように愚かな言葉と歌を紡ぎながら生きていく。お勧めの一曲です。

ラストの#14「こんにちは」。ゴリゴリの陽気でゴキゲンなサウンドが特徴的なナンバー。「反逆者のままで 愛を語るのだ」という歌詞にハッとする。明るいアルバムにふさわしく、明るい余韻を残して終わる。

■ロック大陸の幻想は醒めない

なんでも想像して一人でおかしく楽しくなっていた子供の時の空想。大人になると成熟と引き換えにその空想の世界は醒めてしまう。魔法の秘密基地はなくなってしまうのだ。

ロックの空想もロックが産まれてから50年以上が過ぎ、人々はロックの空想から醒めてしまったのかもしれない。固い岩のような意思でしがらみや不自由に対して反抗を貫くなんて、悟り時代の今は廃れたもよいところ。

そこに、スピッツは本作『醒めない』でラジカルに抗うのだ。「悩みの時代(#6「グリーン」)」を経た後の無邪気さや、大人になっても育て続けている思春期的なあまのじゃく精神がラジカルな姿勢に繋がっている。スピッツは成熟したままで、子供の時の空想もロック大陸の幻想も醒めないで胸に抱いている。そこにロマンチシズムを感じるのは僕だけではないはずだ。

子供の頃に頭で思い描いていた素敵なファンタシーと、ロックのあまのじゃくな反抗精神が共存した素晴らしい本作が多くの人に届くことを願ってやまない。


みなと