以下の詩は僕が大学時代にやっていたブログ『Laの翼』に書いた詩です。
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対立するように見える二項は、実は補完しあうもの。
感情だけでは、生きられない。
論理だけでも、生きられない。
僕らは、感情と論理があって初めて生きていける。
物質と精神。公と私。エゴと自己犠牲。
右と左。歴史と現在。文系と理系。
自分と他人。テキトーと懸命。優しさと厳しさ。
多数と少数。仮想世界と現実世界。肯定説と反対説。
僕らは、二つのそれぞれがあってこそ生きていける。
白黒はっきりつけるのでは、真実に届かない。
今、使われる「美しい」という言葉が、
白黒の境界をはっきりさせることだとしたら、
それは、白の側の、あるいは黒の側の傲慢だ。
僕が苦しくなったら、君に励ましてもらいたいんだ。
君が苦しくなったら、僕が絶対にアゲてやる。
僕が、夢や理想を追い求めすぎるのなら、
君が、現実や実感を僕にくれればいい。
その逆もね。
お願い。
見たくない過去があるのなら、
待ち望んだ未来を見せて。
お願い。
触れたくない絶望があるのなら、
触れていたい希望を持たせて。
純白の白に、確信の青を混ぜて、
実感の陽と、狂気の月に祈り続ける。
今、僕の色は水色。
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この詩に関連して、内田樹の近著より。
「僕自身のうちにはさまざまな人間たちがいます。幼児的な僕もいるし、老成した僕もいるし、野性的な僕もいるし、思慮深い僕もいる。「おじさん」もいるし、「おばさん」もいる。彼らとの対話と協働とを経由して、彼らとの共生を果たし得たならば、そのノウハウを足がかりに、「外部にある他者たち」との共生の途もまた見出すことができる。そういう行程をたどって他者との共生は深まってゆくのだろうと僕は思っています。」
(内田樹『呪いの時代』新潮社,2011)
僕の中にはいろいろな僕がいるし、君の中にはいろいろな君がいるのだなぁ。
僕の中の僕と君の中の君は同じかもしれないし、全く違うかもしれない。
自分の中にある相反する感情や性質。
RADWIMPSはこの矛盾をモチーフにして表現することが多いアーティストだよね。