ライフサイエンス分野の最高峰の雑誌 "Cell"に、先週水曜日にオンラインで一つの論文が掲載されました。

1型糖尿病(生命維持にインスリン注射が不可欠な病気)の患者から細胞を採取し、多能性幹細胞を作成、それを立体培養して膵島細胞を作成。作成した150万個の膵島細胞を患者の腹筋に移植した結果、2ヶ月半後にはインスリン注射が不要となり、正常血糖を1年維持しているとの中国の天津にある大学からの報告。

 

再生医療のハードルには、まず十分機能する細胞を十分量作れるか(膵島β細胞であれば、血糖依存性に十分量のインスリンを分泌できる細胞を作れるか)、次に作成した細胞のがん化リスクを管理できるかということがある。

 

膵臓β細胞を培養するためには、β細胞だけを培養するのはうまくいかず、α細胞を含む膵島全体を立体的に培養する必要があるという研究結果は聞いたことがある。中国のグループは、この膵島の立体培養技術を実用レベルにしているということ。

 

次に、がん化リスクの制御についてだが、例えばある薬物を投与すると作成した細胞が死滅するような仕掛けを施しておくなどは実験レベルでは可能だが、生体に移植する細胞でどうするかという問題がある。このグループは、20年ほど前に山中伸弥先生が開発した多能性幹細胞を作成する方法(後にノーベル賞受賞した研究)を改良して用いたという。その改良された手法は2022年のNature誌(これまたライフサイエンス分野のトップジャーナル)に発表されている。遺伝子導入をしないこの方法は、山中先生の方法よりがん化リスクが少ないことが期待できる。またこの中国のグループは、作成した膵島細胞の移植場所を腹直筋前部鞘下とした。この部位だと、まず移植手術が30分以下ですみ、またMRIで監視でき必要に応じて除去もできるという。

 

この研究は、第一相臨床試験のプレ試験結果だという。これから、再現性や、コストが明らかになってくるでしょう。臨床試験が成功したらノーベル医学賞間違いなし。もっとも、この研究成果にも原理的な課題はある。1型糖尿病は自己免疫機序で起きると考えられており、せっかく移植した膵島細胞が再び自己免疫で破壊されることが起きてもおかしくはない。それを含めて臨床試験の結果が注目される。

 

小泉内閣時代に国立大学予算を年々削減する方針が決まり、それから日本の研究論文はどんどん減っている。そして、山中先生のノーベル賞研究を実用化する最も有利な立場にいたはずの日本の研究が足踏みしている間に、中国に抜かされてしまった。日本の政治家たちは科学研究費の予算への理解という点では習近平や中国共産党以下。小泉内閣以降のどの政権も軌道修正をしようとしない。最近、山中伸弥先生がクラウドファンディングで研究費を募っているのをみて愕然とした。予算を組む人は、評価や結果の督促は必要だろうが、期待されるプロジェクトならば結果が出るまで研究費を投下し続けなければならないということが分かっていないようだ、追随でも良いから追いつかなければならない。

 

国家レベルでの将来への投資とは、将来世代を担う若者の育成に充てる教育予算や、新産業にもつながる科学研究予算であり、投資を怠れば将来の収穫も望めないということがなぜ政治家には分からないのだろうか。交付金の減少に苦しむ東大は、少子高齢化の中にあって学費無償化どころか逆に値上げする始末。日本国の成長の展望や魅力的な将来図を描けない、権力闘争にしか興味が無い低学歴で無教養な世襲政治家が蔓延っているということだろうか。

 

優先順位を正しく判断して国家予算の配分ができない状態が続いているという意味で、自民党は本当に終わっているのかもしれない。とはいえ立民や維新が代替できるのかといえばそれもまた不安ではあるが、少なくともあまり自民に好き勝手させてはいけないのは事実だろう。

 

なんらかの形で政治家の能力判定や評価が必要だと思うが、その役割を果たすべきマスコミもまた力不足なのだろう。意味の無い権力闘争や政局を報じるのではなく、政治家としての業績や能力を精査し報道する必要があると思う。内閣が交代するときに、その内閣が成し遂げた行政の結果を採点し評価するのを恒例化した方が良いのではないか。文部科学大臣にマスコミが取材し、教育行政や科学研究振興に関する問題点や将来展望を聞くようなことってないよね。大臣は、自分が担当する行政分野について大局を語れる人がなるべきだよね。NHKは内閣発足時や退任時に全大臣に見識を問うインタビューをしてほしい、インタビュアーもその分野の専門家に依頼してほしい。政治家の評価が人気投票になってはいけない、実績に基づく評価が必要だ、それができるのが自由民主主義国家だろう。マスコミだけでなく、関連する文系の大学研究室もそういう仕事(政治家や内閣の業績評価)をしてほしい。

 

政治家の評価が常日頃からきちんとできていれば、内閣交代時にどの政治家にどんな適性があるか分かっているわけだから、おおよそどこの大臣は誰か誰だろうと予測がつく位があるべき姿ではないか。石破さんも得意分野の防衛に偏りすぎず(やたらと元防衛大臣たちを閣僚・要職に起用しているが)、総理大臣なのだから視野を広く持ち、全体最適をきちんと追求してほしい。

 

とまあ匿名で偉そうなコメントをしている私は、しがない勤務医の街角評論家。ものの書き方に気を付けなければね。実際に研究や政治やNHKなどマスコミの現場で奮闘しておられる方々には、本当にリスペクトしかありません。( ̄^ ̄)ゞ