27時間テレビをつけっぱなしのまま眠ってしまい、起きたらPCの前でQEDのバスタオルを被りながら見たあのフリラが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、またもや涙が止まらなくなってしまいました。
明日(日付変わったから今日か)仕事なのに、こんなんじゃ眠れそうにないし、気持ちの整理をつけたいしで・・久々PCからの更新です。
あの震災から、ほんと色んなこと考えてきた。
移り変わる季節の中で、被災地の状況、私達に求められている状況は刻々と変わり、時が経つにつれ、笑顔や勇気や希望なんかも色んなとこからもらえたりもした。
でも、本当の意味での笑顔なんかは、きっとまだどこにもないんだと思う。
皆、その一時やしばらくは貰えたパワーで笑ったりしてるけど、一人になったり夜になれば、何もなくなった土地を見ては嘆いている。
でも、一歩一歩先に進まなくちゃいけないから、涙を拭いて皆頑張ってる。
それに押されて、内陸の私達の方が元気を無くしちゃったりもしてる。
内陸にいて、普通に生活を送れるようになったのも、沿岸との生活とのギャップを嫌でも感じてしまうから、案外と疲れる。申し訳なさや、何もできないことへの葛藤や怒りや矛盾を感じてしまうから。
私自信も、そんな状況から抜け出したくて、抜け出せなくて・・
少しづつだけどあの日の前の状態に戻ろうとしてきた。
そんな中での、このフリーライブ。
美悠ちゃんのブログで、セトリやなんとなくの会場の雰囲気は感じてはいたものの、いざPCを前にすると・・やっぱ会場にいなくても緊張するのね。ウエっ・・吐きそう・・(^▽^;)
で、疑問に思っていた事が解決。
なんで1曲目が『冬の幻』なのかという事・・
震災以降、聞けなくなった曲があります。
『20+∞ Century Boys』
yasuのところに、皆のところに戻りたくて、そして元気もほしくて、模索している時に、何の気なしにこの曲を聞いた。
この曲は初め聞いたときから歌詞の持つ重みをもの凄く感じていたし、それなのにアップテンポで前に進む力を秘めていて力をくれるから無条件で大好きだったし、LIVEでもすごく盛り上がるし、yasuもメンバーもいつも楽しそうに唄ってくれるから・・・本当にこの曲が大好きだった。
だから、あの時の気持ちのまま・・あの時の感情を思い出せると思って、聞いたんだ。
でも、途中の部分で引っかかってしまった。
「死に逝く命の意味に・・・・ずっとずっと問いかけていた」
曲の持つ意味が大きく変わってしまった・・・
最近、同僚がふと口にした言葉・・
「サザンってさ、今後『TSUNAMI』歌うのかな・・歌えるのかな・・。」
震災以降、歌の持つ意味が大きく変わってしまった。
そんな中で聴いた『冬の幻』。
一曲目の『冬の幻』・・・
「違う。これは鎮魂歌だ・・・。」
はっとした。
東北だけなのかもしれないけど、復興の意を込め、例年やっているお祭りを中止にせずに開催したり、復興を目的としたイベントなどでは、必ず最初に黙とうを捧げる。
「これは・・・黙とうだ・・・」
君を見つけられない
苦しくて眠れない
「逢いたい・・・」逢いたい気持ち 抑えられない
夢にもたれて 静かに泣いて
君を探し続けている
神様がいるのなら
奇跡が起こるのなら
僕の願い一つだけ叶うなら
もう一度だけ 君に逢わせて
幻でもいいから・・・
粉雪よ止まないで 手の平に消えないで
儚くて・・・声にならない
せめて夢でイイ 君に逢いたい
そっと温めてあげたい
涙が溢れた。
今年の冬はとにかく寒くて、一晩に80cm位は積もったりもして。でもあの日以降そんなどか雪は降らなくて。
あの時も粉雪が舞っていた。
粉雪が舞う中、流され辿り着いたままの沢山の瓦礫の中で、裸足で手を合わせているお坊さんがいた。
海に向かって、ひたすらに手を合わせているあのお坊さんの姿が、はっきりと脳裏に見えた。
「yasu・・・」
髪を切って、なんだかJanne Da Arcみたいになったyasuが、あの日の若いお坊さんみたいに・・とても優しく映った。