涼しい朝、紀三井寺まで行ってきました。
朝から、この階段をジョギングなさるかたも・・!!!
・・・・ボクナラ・・ そのあと寝てしまうかも・・・・
「紀三井寺の楼門から上に、231段の急な石段があります。
参詣者泣かせの急坂ですが、この坂は、結縁坂(けちえんざか)と呼ばれ、次のような”いわれ”が伝えられています。
「江戸時代の豪商・紀ノ国屋文左衛門は、若い頃にはここ紀州に住む、貧しいけれど孝心篤い青年でした。
ある日、母を背負って紀三井寺の表坂を登り、観音様にお詣りしておりましたところ、草履の鼻緒が切れてしまいました。
困っていた文左衛門を見かけて、鼻緒をすげ替えてくれたのが、和歌浦湾、紀三井寺の真向かいにある玉津島神社の宮司の娘「おかよ」でした。
これがきっかけとなって、文左衛門とおかよの間に恋が芽生え、二人は結ばれました。
後に、文左衛門は宮司の出資金によって船を仕立て、蜜柑と材木を江戸へ送って大もうけをしたのでした。
紀ノ国屋文左衛門の結婚と出世のきっかけとなった紀三井寺の表坂は、それ以来「結縁坂」と呼ばれるようになりました。」 と。
商売繁盛、良縁成就、その他何事もまずは、信心からと申せましょう。
あなたも、この人と結ばれたいという恋人が出来たら、この坂を登ると良いかもしれませんよ。そして共に、観音様に心からなる願いをお掛け下さい」 (紀三井寺HPより)
参詣者泣かせの急坂ですが、この坂は、結縁坂(けちえんざか)と呼ばれ、次のような”いわれ”が伝えられています。
「江戸時代の豪商・紀ノ国屋文左衛門は、若い頃にはここ紀州に住む、貧しいけれど孝心篤い青年でした。
ある日、母を背負って紀三井寺の表坂を登り、観音様にお詣りしておりましたところ、草履の鼻緒が切れてしまいました。
困っていた文左衛門を見かけて、鼻緒をすげ替えてくれたのが、和歌浦湾、紀三井寺の真向かいにある玉津島神社の宮司の娘「おかよ」でした。
これがきっかけとなって、文左衛門とおかよの間に恋が芽生え、二人は結ばれました。
後に、文左衛門は宮司の出資金によって船を仕立て、蜜柑と材木を江戸へ送って大もうけをしたのでした。
紀ノ国屋文左衛門の結婚と出世のきっかけとなった紀三井寺の表坂は、それ以来「結縁坂」と呼ばれるようになりました。」 と。
商売繁盛、良縁成就、その他何事もまずは、信心からと申せましょう。
あなたも、この人と結ばれたいという恋人が出来たら、この坂を登ると良いかもしれませんよ。そして共に、観音様に心からなる願いをお掛け下さい」 (紀三井寺HPより)
・・・と、いうことなので、このあとは玉津神社決定!しました。
これは上からみたところ・・・。
六角堂
灯火を差し上げましょう。
もちろん、お線香も立てました。
そうして、おみくじを!
前回100番 「凶 」やったので、
半年ぶりに!
なかなか出てこなかったのですが
今度は一桁 「 3 」
お坊さんが、朝一番のお勤めをしていました。
なんとなくお話がしたくて、 「納経帳」を買い求め
「ご朱印」をしていただきました。
僕の中でこだわっていたものがあって
納経帳、御朱印は
西国、お四国も二人連れする気の合う方が出来てからと思っていたので
今まで、これらに手をかけませんでした。
ですが、このお坊さんと出会って
最初に
手に入れたい字の人って、気持ちになったのです
ご朱印って、それをお書きになる人の心が入ります。
以前、団体のご朱印をしているのを待っていたとき
三人の係りの方がそれぞれ積まれた納経帳の山に
字を入れていたのを見ていたのですが
その字が「個性」を持つのを知った。
すっごく、魅力的だったんだよ
その三人が書いた字を並べて見ると格段にわかる
リクエストしたいくらい違うんだ
だから、僕はそのお坊さんに書いていただきたかったんだ。
お坊さんの字!ほら、いいよね!
この撮影は、勝手にスマホがシャッターを切った
「おい!」と思ったのですが、起用!
自分が狙って撮影したものより数段よかったから 汗
字って味わい深いものだろう?
そのお人柄、伝わってこないですか?
昔から字を踏むなと言われてきたよね?
それは、字に魂が込められているからです。
社務所の上にある提灯に魅力を感じて写真を撮ったよ。
お坊さん曰く 15日の夜炊き上げますから
よかったらおいでください・・・
と、お教えいただきました
とっても、綺麗なんだそうです・・・。
って、お盆の最終日ですよね?
それって・・・
と、つぶやいてしまった僕・・・。
それって・・・
と、つぶやいてしまった僕・・・。














