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世の中、なんでこんなに無責任野郎ばかりなのだ?


面倒なこと。自分に何の得にもならないこと。
誰だって同じようにやりたくないんだよ。



昨日は通販の業界人が集まるパーティーに参加してきた。


別に僕の会社が通販をしてるわけじゃない。
では何故、そんなけったいなパーティーに参加したのか。

うちの会社は、印刷会社である。
お客さんに頼まれた印刷物をせっせと印刷してお金もらってる会社なのである。


最近のお客さんは、もっぱら通信販売の会社である。
DM(ダイレクトメール)を物凄い部数で毎月印刷するのである。
今や通信販売会社は、印刷会社にとって、超ビッグクライアント様様サマンサタバサなのだ。


と、いうことで、通販業界人がワンサカ集まるパーティーで、新しい取引先を見つけてこいという命令である。


「誰が行くか決めといて」
僕のチームのリーダーは、僕らに言った。


僕のチームは、天パのリーダーと、先日結婚式を挙げた2年先輩の男の人、1年後輩の女の子。4人チームである。


当然、僕を含むチームメンバーは、誰一人としてそんな面倒なとこに行きたくない。
ちなみにパーティー参加者は、各チーム1名。
僕らのチームとは別に、もう1チームあり、合計で2名である。


案の定、チームメイト2人は仕事が忙しいと辞退。
別に暇してるわけでもないのに僕が行くことになった。


パーティーには僕らのような下心丸出しの業者がいっぱいいた。
業界人はほとんど取締役などの僕らのような末端の人間など相手にもしない奴らしかいなかった。

わけわからん業者と、中身のない話をし、したくもない名刺交換をしてパーティーは終演した。



そもそも、天パのリーダーが行くべきじゃねーのか?こういう社交場は。


名もない印刷会社の末端営業が、大手通信販売会社の取締役と愉快に会話できるか?
もし愉快に会話できるやつがいるとしたら、スーパー営業かよっぽどの馬鹿野郎だ。


面倒なことから逃げやがって。
みんなズルいやつばっかだ。


僕も、みんなと同じようにズルい。
面倒なことから出来るだけ逃げたい。楽をしたい。



でも、同じように僕はNOと言うことからも逃げたい。

『NOと“言えない”日本人』になりたいのではない。
『NOと“言わない”日本人』になりたいのである。



前の日記にも繋がってくるかもしれないが、
失敗しないために挑戦しないというのは、もう嫌だ。
失敗するかもしれないけど挑戦していきたい。
失敗しないために色々考えて頑張れる人になりたい。


YESかNOか。出来るか出来ないか。やるかやらないか。

そういうことを聞かれた時。
それは即ち、『自分は今、まさに試されているのだ』と思う。
そんな時に、「無理です」「出来ません」「やれません」とは、絶対に言わない人になりたい。



だからパーティーにも参加した。
でも、結果出せなかった。


しかも、僕はそれについて、人のせいにしようとしている。


あれ?
結局僕も、ズルい大人ではないか。

「僕は逃げないぞ」なんて自分を正当化して、何もしなかった人達を批判し、結果を出せなかったことの責任を、その人達に転嫁しようとしている。


キレイ事を言って、何もできない、力の無い僕より、何もしなかった彼らの方がよっぽど賢く、立派ではないか?

出来ないことをやって、結果やっぱり出来ないなんて、僕はただの馬鹿ではないか?


偽善者。
善行、正義、そういうものを行う自分に、ただ酔ってるだけの人。

僕だ。



自分がなりたい自分は、社会にとってはむしろ迷惑だってこともある。
僕は迷惑野郎なのかもしれない。

理想を振りかざし、現実に目を向けきれない人。
きっと僕を含め、みんながそうなのだと思う。
理想と現実は、決して交わることはできないから、できないと知ってしまったから、みんな現実を見つめて生きていくんだと思う。



現実は真実。
現実を見る人は正直者。
だから無理なこと、出来ないことを、出来るなんて言わない。



理想は嘘。
理想を語る人は嘘つき。
だから無理なこと、出来ないことも、出来るなんて言って、やってみようとする。



理想を現実にできる人。
嘘を真実にできる人。
無理なこと、出来ないことに頑張って挑戦して、叶えることができる人。
限られた、選ばれた人間が、そんな風になれるんだと思う。



凡人が簡単に理想を語ってはいけない。


でも語りたい。理想。



今度理想を語るときは、失敗しても絶対に人のせいにせず、何で駄目だったか、なぜ失敗したのかを、自分がどう駄目だったかをまず考えるようにしよう。