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『慣れる』

という現象がある。


この現象は、とても怖い現象なのだ。


またまた何を言いだすか、このチンカス野郎め。
と、思ったそこのお嬢さん。
そんな下品な言葉はおやめなさい。

あなたも、初めてチンカスと言葉発した日を思い出してみてほしい。
きっと恥ずかしかったはずさ。

今はためらいもなく、おはよう、こんにちは、いただきます、ありがとうを言うような感覚で、チンカスなんて言ってるかもしれないよ。
でも最初はそうじゃなかったはずさ。


そう、それが慣れってやつだ。
そうじゃないやつは痴女ってやつだ。もしくはメス豚だ。



何でこんなことを思ったのか。
それにはある理由があるからなのだ。


今日、電車に乗っていたら、缶コーヒーの広告でAKB48の面々が眩しいほどの笑顔を輝かせていた。



何を隠そう僕はAKB48の、隠れファンだ。

その中で僕は、“ともちん”こと、板野友美ちゃんが好きだ。
付き合いたい。
一緒にあやとりとかしたい。


しかし、あんなに可愛かったはずの“ともちん”が、別に可愛くないように感じられたのだ。


そう、可愛さに慣れたのである。



そんなバカな。
僕は何度も目をこすって、二度見、三度見した。実際には目をこするなんて、あからさまなことはしてない。表現上の必然性ってやつだ。

でも、目に映る“ともちん”は、あの頃の輝きではなかった。




前にも同じことがあった。

スケートの安藤美姫である。
17歳くらいの時、トヨタのCMかなんかに出ていた時、彼女は夢みたいに可愛かった。
宇宙の始まりみたいに眩しかったし、雪の結晶みたいに繊細だった。
その姿に、僕の胸は木々が風に揺れるみたいに騒いだ。


しかし今はどうだろう。
プレデターみたいになってしまった。(こら)


あの時と同じで、“ともちん”を見慣れた僕には、もう彼女を可愛いなんて感じられなくなっちゃったのだ。


嫌だ。
やめてくれ。
あの時の新鮮な感じに戻りたい。競り市のマグロみたいに新鮮だったあの時に。
もし願いが叶うなら、“ともちん”の記憶を消し去ってほしい。
そうすれば、初めて彼女を見たあの時の気持ちをもう一度感じられるから。
夕焼けみたいに綺麗な、あの気持ちを。
朝焼けみたいに静かな、あの胸の高鳴りを。
晩ご飯はカレーだった時みたいな、あの喜びを。


太陽の消滅みたいなこの絶望が、あなたには伝わるだろうか。
神々の裏切りみたいなこの苦しみが、果たして伝わるだろうか。


僕は、柏木由紀に乗り換えるしかないのか…。