
こんにちわ。
オッパイのことをパイオツと呼ぶようすこです。
今日は湯たんぽを買った。
最初は湯たんぽなんて、暖かいのは最初だけで、すぐに冷たくなっちゃう古ぼけた過去の産物、古(イニシエ)の神話だと思ってた。
でもこの前、一晩だけ騙されたと思って、お婆ちゃんの湯たんぽを使わせてもらった。
寝る時に布団の中の足元付近に置いて寝た。
するとなんと、足元がぬくぬくのぽっかぽか、まるで湯たんぽの周りだけ次元がくり抜かれて暗やみの底から一筋の光が差し込み枯れ荒れ果てた灰色の大地に美しき緑を蘇らせたかのような心地よさだった。
とても気持ち良かった。
しかも、「どうせすぐ冷えちゃうんだろ」という僕の予想とは裏腹に、全然湯たんぽの湯は冷めないどころかぬるくすらならない。
なんと、朝まで暖かさは保たれた。
さすがに朝にはぬるくなっていたけど、湯たんぽに足を乗せて、じっとしてると、段々ぬくもってくる。
古きよき古(イニシエ)の偉人達の発明を馬鹿にしてはいけないなと思った。
僕は今まで、お婆ちゃんとか年寄りを、心の何処か奥深くで馬鹿にしていた部分が少なからずあった気がする。
ばあちゃんが「~せんといかんよ」とか説教こいてきても「うるせぇババア!」とか、触るもの皆傷つけるような勢いで一喝なんかしてしまっていた。今までは。
でも実際は、ばあちゃんの言うことは正しかったことが多かったように今は思う。
口に口内炎が出来て痛くて一人でうずくまっていた時も、「このハチミツを舐めてミソ」とハチミツなのか味噌なのかよくわからないことを言いながら優しく手を差し伸べてくれたのは、ばあちゃんだった。
そして、半信半疑でハチミツを舐めていたら、本当に口内炎がすぐ治った。まるで魔法みたいに。
普段あんまり料理が上手ではない婆ちゃんが、ある日突然とびきり美味いお吸物を作ったことがあって、「奇跡だ奇跡だー!」と勝手に奇跡呼ばわりしてしまったのも、ばあちゃんに対してとても失礼だったかもしれない。ばあちゃんが味見をしながら心を込めて作った、ばたちゃんにとって確信的な味を、奇跡だなんて。
実際、あの日から何回も何回も同じようなお吸物を作ろうとしてるみたいだけど、あの日のお吸物に勝るものはできないみたい。やっぱりあれは奇跡だったんだろうけど、ばあちゃんの目の前で「奇跡だ!奇跡だ!」って言ったのは、あまりにも婆ちゃんに可哀相だと思った。
これからは、もっともっと婆ちゃんに敬意をもって接しようと思った。
そして、今後また、ばあちゃんがあの日作ったお吸物と同じくらいの美味さのお吸物を作ったら、「奇跡だ」なんて言わない。
もし言うとするなら、「偶然という名の必然だ」とかなんとか言ってみよう。