こんにちわ。

深夜1時開始とかの番組を録画予約したら間違えて昼1時に予約してるようすこです。次の日楽しみしてビデオをつけると変な昼ドラが始まって大ショック。







英語で「さよなら」は「グッバイ」とか「シーユー」とか言うけれど、もうひとつ言い方があるらしい。





それは「フェアウェル」とゆう言葉。



グッバイとどう違うかというと、一時的なさよならか、永久的なさよならか。だそうだ。



つまり、またいつか会える人には「グッバイ」で、もう二度と会えない人には「フェアウェル」とゆうことらしい。



ちなみに映画タイタニックでジャック(デカプリオ)が最後に海に沈んでいくときヒロイン(名前忘れた)に「フェアウェル」と言ってた。

それにしても、あの映画の見所はヒロインが主人公ジャックにヌード画を書いてもらうシーンの、ヒロインの全裸姿に他ならない。





できるならこんな言葉、言いたくないし言われたくもない。







僕は今まで3人の人とフェアウェルをした。





一人はひぃばあちゃんだ。



ひぃばあちゃんは僕が物心つきだした頃死んだから、ほんとに薄っすらとしか覚えてない。だからどんな人だったとかは全く覚えてない。



ただ、母親とかじいちゃん、ばあちゃんの話によると凄く男っぽかったらしい。



夏は上半身裸状態でブラブラだったそうだ。

タレパイをブラブラさせてたらしい。



しかも郵便配達の人が来てもお構いなしでブラブラさせていたらしい。ビックリだ。

悪いことしたら、ブラブラのそれでビンタとかされそうだ。



あと、ひぃばぁちゃんは座りダコ(正座とかし過ぎると踝(くるぶし)の辺りに出来るタコ)がひどかったらしく、よくカサブタ感覚でそのタコを剥いてたらしい。



それで、それをすぐに捨てりればいいのに、ちゃぶ台とかに無造作に置いてたらしい。



で、あろうことか僕の母親の妹(僕のおばちゃん)がそれを見つけて……信じられない行動をとったらしい。









おばちゃんはそれを…お菓子と思って食おうとしたらしい。ちなみにこの話は僕の母親が子供だった頃の話。



ちゃぶ台に置くほうも置くほうだけど、そのまえに………食うな!と思った。







二人目はひいじいちゃん。



それまで女ばっかりだった僕の家系に二世代ぶり?に僕が生まれた時、知らせを聞いた畑でバンザイしてくれた人だ。



僕が小さいときは僕を自転車の後ろに乗せて、色んな所に連れて行ってくれた。



僕は『じいやん』って呼んで凄く慕っていた。

一緒に風呂に入ったり、一緒の布団で眠ったり。あの時の僕にはじいやんは最高の友達だった。



じいやんが死んだ時、僕は中学三年で丁度思春期真っ只中だった。



だから、じいやんが寝たきりになって最後まで僕はじいやんとろくに話もしなかった。



あんなに可愛がってくれたのに僕はじいやんに何もしてあげなかった。



でもいっちょ前に葬式で涙は流しまくった。







本当に悲しくて寂しかったのはじいやんだったはずなのに。





じいやんの葬儀で僕の家族は皆泣いていた。



じいやんを大嫌いだったはずの姉ちゃんも、寝たきりのじいやんを介護してた母親もばあちゃんも。もちろん僕も。



でも一人だけ最後まで泣かなかった人がいた。



それはじいやんの息子、一番じいやんが死んで悲しいはずの人。



僕のじいちゃん。(なんかじいやんとかじいちゃんとか紛らわしいっすね)







もしかしたら本当に悲しくなかったのかもしれない、でも多分じいちゃん(じいやんではない)は死ぬほど悲しかったけど、泣きたかったけど、我慢していたんだと思う。



一家の大黒柱として僕たちに涙を見せちゃいけない、と思ってたのかもしれない。





だから僕もその日から家族の前では絶対泣かないって思った。









そして三人目のフェアウェルは、つい先月あった。



同級生の「次郎君(仮名)」だ。



次郎君には小学校、中学校と一緒に学校へ通学したりして、凄く仲良くしてもらった。



でも次郎君は僕と違って活発な人気者だったから、おとなしい子供だった僕とは中学の途中くらいから疎遠になっていった。



でも会えば笑顔で声をかけてくれるほんとにいい人だった。





「もう今は煙になって、どこかに消えてしまい、もう一生会えないんだ」と思うと、やっと次郎君が死んでしまったってことを理解できる。



もう会えないから、式が終わった後、火葬場の煙突からゆっくり上がる煙を必死に吸い込もうとした。けど、遠すぎて駄目だった。







次郎君の葬儀には100人近い人が集まって、皆涙を流して次郎君を見送っていた。きっとこの100人の人の頭の中で次郎君は思い出みたいなかんじで生きていけるんだと思った。



その光景を見て僕は、「僕が死んだら、こんなに沢山の人が泣いてくれるだろうか」と思った。そう思わずにはいられなかった。



おそらく、僕は次郎君のように100人もの人の頭の中では生きていけないだろう。多くとも数十人だろう。

でも僕は、それで十分だ。



でもそれだけじゃなくて、色々なものを死ぬまでに残して行きたいなぁと思った。



たとえばこの日記とか。







これからも、歳をとるにつれてどんどんフェアウェルをしなきゃいけなくなるなだろう…





それじゃあ皆さん……



















フェアウェル!!!!!





!?