僧侶として
お勤め🙏🗣️をしておりますと
御人生を終えられた御姿に向き合う機会が
あります。
それとは対照的に
人生が始まったばかりの
2歳の息子👦🏻とも
日々当たり前にふれ合っています。
このような日常のなかで
ふと、私の年齢が38歳であることに気付き
すでに人生⏳のなかばにさしかかっていて
いると思い知らされました😓
自分は今、しあわせ なのか?
これから しあわせ に生きられるのか?
そもそも しあわせ とは?
深く考えこんでしまいました👤
お経をお唱えしていて
目に留まった
三宝(さんぼう)
という仏教の教えにハッとし👀
これだ❗️と思いました。
仏教の教えにおいては
大切だとされるものを
3つの宝にたとえています。
仏(ほとけ) 仏様 ブッタのこと
法(ほう) 仏法 仏教の教え
僧 (そう) ともに修行をする者たち
です。
この仏教の教えを
(仏様のように)自分にとって目標であって尊敬できる人がいる。
(仏教の教えのように)生きやすくなるような
知識や知恵を学ぶ機会がある。
(共に修行する者たちのように)苦しみも楽しみも
分かち合える人がいる。
と
かなり強引ではありますが💦
受けとめ直してみると
しあわせについて考えて🤔💭いくうえで
手がかりになると思いました。
しあわせとは必ずしも職業や収入、自分が経験する出来事によって決まるのではない。
①自分にとって目標であり、尊敬できる人が身近にいて、②これまで知らなかった知識や知恵を学ぶ機会があり、③苦しみも楽しみも分かち合える人がいる。
①、②、③が自分の日常にともなうように努力していくのが
しあわせに近付く道なのではないか?
と考えました。
思い返してみますと
『三宝』が与えられていたのが
副住職になる前に
経験した修行の日々🧘であったと思います。
副住職として過ごしている現在、
さまざまな出来事を目の前にして
『しあわせ』が少し離れてしまった😢と
感じてしまうことがあります。
そういうときこそ
新たな出会いや学びを求めて行動していくことが
『三宝』という仏教の教えを大切にして、
これまで気付かなかった『しあわせ』を見つけていく道であると思っております。😌
皆さまの日常のなかでときには『しあわせ』が離れてしまった😢と感じられてしまうかもしれません。
そういうときには
無理の無い範囲内で
新たな出会いや学びを求めて行動していくことを
心❤️がけていただくことが
『しあわせ』につながっていくように思います😌
皆さまがこれからより善い日常をお過ごしに
なられることを願っております🙏