住職が遷化(命を終えられること)されて2ヶ月ほどが経ちました。
久しぶりにブログを更新いたします。
これまで
通夜 密葬 津送(本葬)と執り行ってまいりました。
これまでの御心遣いに心より感謝申し上げます。
僧侶として数多くの方の旅立ちに立ち合ってまいりましたが、これほど身近な方の旅立ちは初めてでしたので、
大きく動揺し、戸惑いを感じました。
さらに住職の葬儀は全くの未経験ですので、無事行えるのか不安を感じていました。
生前は知らなかったのですが、住職を慕い、想う数多くの方々がおられ、その方々とのご縁をいただき
さまざまな場面で助けていただいたからこそ、
前に進むことができました。
住職がつないでくれた御縁によって、無事最後まで務めることができました。
御縁について仏教の教えのなかでこのようなお話があります。
互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。
一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。
網の目は、ほかの網の目とかかわりあって、一つの網の目といわれる。網の目は、それぞれ、ほかの網の目が成り立つために、役立っている。
このお話では網をたとえとして使っていますが、花を使ったお話もあります。
花は咲く縁が集まって咲き、葉は散る縁が集まって散る。ひとり咲き、ひとり散るのではない。
網の目のように私たちはお互いにつながり合って、一つの網のように結びついています。
花が咲き、葉が散るのは、偶然ではありません。私たちが向き合うさまざまな出来事は、お互いが影響し合って、起こる必然です。
私たちは、解決策が見つからずに迷ってしまうことがあります。
そのようなときには、自分1人で頑張ろうとするのではなく、今の自分にある御縁をあらためて意識して助けを求めることが、良い結果につながることもあるように思います。
私は住職のつないでくれた御縁によって助けられました。
住職の葬儀に向けた日々を送るなかで
自分は決して1人ではなく、御縁によってたくさんの方々とつながっていて、有り難くも助けを受けられることを知りました。
これからも御縁を大切にして、生かすような日々を送っていきたいと思っております。
今回は住職の葬儀を執り行っていくなかで、強く意識した御縁についてお伝えしました。
これからの皆様の暮らしの中で少しでも思い起こされることがあれば、たいへん嬉しく思います。