お寺から歩いてすぐの場所に

長年続くお豆腐屋⚪️🏠さんがあります。 



手作り👋🏻のあたたかみに惹かれ

散歩もかねて

ときどき買いに行って🚶いました。



しかし、少し前まで店が閉まっている状態が続いていました🚪


ある日通りがかる🚐と開いていることが分かったので

車を停めて、家族🧑‍🧑‍🧒👩🏻👶🏻でお店に入りました。 



そこには少しやせたご主人👨🏻‍🦳がいらっしゃいました🙌



豆腐を買い、お伺いしますと

糖尿病で1か月ほど入院🏥していて、

2.3日前に退院して、お店を再開したと

いうことでした。



お話いただいたあとに

妻が

明るい表情☺️ではっきりと🗣️


『お豆腐、食べられなくて残念でした❣️再開を待ち望んでいました❣️◯◯さんのお豆腐が食べられて幸せです。🙌これからもがんばってください👏』



とお伝えしました!



すると、ご主人👨🏻‍🦳は退院🏥したばかりとは

思えない元気な様子で

嬉しそうにガッツポーズ💪をされたので

私は驚いてしまいました😳❣️ 



妻の言葉によって、ご主人👨🏻‍🦳が励まされ

フツフツとやる気が湧いてきている様子が分かりました✨✨



ご主人👨🏻‍🦳にとって

万全ではない今だからこそ、

妻👩🏻の言葉がこの上ない励まし✋になったんだと

思います😌




禅のことばに




啐啄同時(そったくどうじ)



意味


今にもかえりそうな卵🥚がある。

親鳥🐓が外から殻をつつくのを

『啐』

雛鳥🐤が中から殻をつつくのを

『啄』

という。



ぴったりと呼吸が合って

同時につつきあうことで

初めて殻が破れ、雛鳥が生まれる様子🐣のこと。


『迷い』を乗り越えて『安らかな心』に至りたい修行者に対して

師が

必要とするまさにそのときに、

必要なだけの手助けをすること

を示す。


中国の仏教書『碧巌録』より


があります。



ご主人👨🏻‍🦳にとって

退院🏥しお店🏠を

再開したばかりという状況だからこそ、

妻👩🏻の言葉がこの上ない励まし✋となりました。


まさに

啐啄同時(そったくどうじ)
であったと思います。

私たちは日々の暮らしのなかで、目の前の人👤を励ましたいと思うことがあります。 


でも、思いが先走り、自分はそうしているつもりでもその人にとっては必要がない働きかけになってしまうこともあります💦💦一度立ち止まり、考える時間⏰を持つことが、


相手の必要なときに、必要なだけの手助けが行えることにつながっていくように思います🙌

なかなか難しいことではありますが、
私も少しずつでも啐啄同時(そったくどうじ)を
心がけていきたいと思います。



本日のブログを最後までお読みいただき有難うございました🙇🏻‍♂️

皆さまがこれからをより心❤️豊かにお過ごしになられることを願っております🙏