令和8年が始まり、1ヶ月ほどが経とうとしております。皆様はどのようにお過ごしでしょうか❓




私自身は僧侶としてのお勤め🙏だけではなく、お寺の運営に関する仕事、ゴミ出し🗑️や息子👦🏻の送り迎えなど日常のことなど


様々のことに戸惑いを感じながらも、バタバタと過ごしております。




あらためて、修行をしていた頃との違いに驚いています。


修行の日々は読経🗣️と、外で体を動かしての作業🧹、食事、坐禅🧎


自分自身の心と向き合う時間がたっぷりとありました。ああ、修行ができているなあという実感がありました。




現在の日々の中で行っていることは人の喜びにつながることですので、やりがいはあります。しかしながら、心に余裕がなくなること😓もあり、どう受け止めたらよいのが悩んでしまいました💦




そのときに見つけた禅の言葉(禅語)に救われました。

維摩経(ゆいまきょう)というお経のこのようなお話が元になっています。




今、道場から帰ってきたという維摩居士(僧侶とならずに、仏教の教えを大切にしている人を居士と呼びます)


にひとりの修行者が尋ねます。

私は静かな心境になれる道場を探しているのですが、

居士が行かれた道場の場所を教えてください。


それに対して維摩居士はこう答えます


まっすぐな素直な心があればそれこそ

道場だ(どこにいるかは関係ない)

『直心是道場』(じきしんこれどうじょう)



私は道場という特別な環境でないと修行ができないと
思っていましたが、
このお話と禅語にふれて

どんな環境におかれても
自らの心❤️がまっすぐで素直であれば
修行はできる。

と知りました。

しかしながら、なかなか日々のなかで
まっすぐで素直な心❤️であり続けるの難しく😓
たいへんだ😣
いやだ😩
と思ってしまうことも少なくありません。


私はそんなときは
一度深呼吸😮‍💨をして
心❤️のなかで

どんなことでも自分の人生にとって意味がある。
前向きに一生懸命頑張ろう

唱えるようにしています。

そうすると心❤️が軽くなり、
身体🙋🏻‍♂️も軽くなり、目の前のことに集中して
取り組めるような気がします。


日々の中で
まっすぐな素直な心❤️であり続けることは
難しいですが

その心❤️を少しずつでも養っていけるように
行動していくことが大切だと思っております。

皆さまのこれから日々のなかで

たいへんだ😣
いやだ😩
と思ってしまう場面があるかもしれません。


そのようなときは

直心是道場(じきしんこれどうじょう)
という禅語を思い起こしていただき

気持ちを切り替えるきっかけとして
いただければ
有難く思います🙏