マタイ14:1~12
【逃げていた】
イエスが福音書に書かれているような表立っての活動をしたのは僅か1年間だった。
それもデビューしたのは30歳を過ぎてからだといわれている。
何でそんなに遅くデビューし、しかも1年間しか活動しなかったのか。
後者については別の機会に書くとして、ここでは何でデビューが遅くなったのかについて書く。
私は、単純に、イエスは望まれていた職務から逃げていたのではないか、と思っている。
イエスはバプテスマのヨハネのグループの中で、指導者ヨハネの跡継ぎとしてヨハネからも他の弟子たちからも嘱望されていた。
しかし、イエスは跡を継ぐことから逃げていた。
そんな気になれず、覚悟をすることも、腹を括ることも出来ず、湖の畔を彷徨い歩いていたのではないか。
「神の国は近付いた。回心しよう。」と人々に告げることから、
また、コミュニティから排除されている人たちをつながりのなかに回復することから、そうして逃げていたのではないか。
【ヨハネの死】
そんな中、今日の箇所に書かれているようなことが起きた。
捕らえられていたヨハネが、宴席の余興として惨殺されたのだった。
ヨハネとその弟子たちはどれほど無念であったか。
ヨハネの弟子たちは、遺体を引き取って葬り、「イエスのところに行って報告した」とある。
マタイはこの一句をマルコの伝承に書き加えることで「ヨハネが切望していたこと」「他の弟子たちが望んでいたこと」を示している。
ヨハネが切望し、弟子たちもそう望んでいたこと。
それはつまり「イエスがヨハネの跡を継ぐこと」だった
その使命を嫌がり逃げ続けていたイエスに、弟子たちは伝えずにはおれなかった。
「イエスよ、もう逃げられない。いよいよあなたの出番です!」と。
【その時】
先日、児童発達支援の現場で冬野菜の作付けをした。
1年前は農作業にまったく関心を示さず、ただ畝を踏んで回り、叱られることを喜び、叱られたいからまた畝を踏んで回る、ということを繰り返していた小学生が、
その時、突然、自分から進んで堆肥をスコップでバケツに移し始めた。
それだけではない、そのバケツを新たに準備している畝の候補地まで運び、堆肥を溝に入れるということを繰り返した。
さらにサツマイモを掘り、ブロッコリーやセロリの苗を畝に優しく植えた。
植えた後に如雨露で丁寧に水遣りもやってくれた。
耕運機の手伝いもしてくれた。
どれもスタッフが促した訳ではない。
まるで今まで何度もやったことがある、農作業に関心の高い子どものように遣り切ったのだ。
発達障害といわれる子どもたちはインプットとアウトプットの様式やタイミングが、とてもユニークだ。
見ていないようで全部見てる。
聞いていないようで全部聞いている。
でも、大人や教師が望むタイミングではアウトプットしてくれない。
強要すれば関係がこじれるだけだ。
でも「その時」が来たら
「その時」さえやって来たら、子どもたちは独創的で高い精度で美しくアウトプットしてくれるのだ。
イエスは「逃げていた」と書いたけれど、もしかしたらイエスもまた「その時」を待っていたのかもしれない。
畑で見事なアウトプットを見せてくれたこの子のように。
何をすればいいのか、全部分かっている。
でも「その時」がこなければ自ら行動を起こすことが出来なかった。
ヨハネが惨殺された報を受けて、イエスは「その時」が来たことを悟った。
そして悟ったイエスはいよいよアウトプットをし始めるのだ。
私たちはきっと、目の前のその人、に対して急いではいけない。
その人にとっての「その時」が来なければ、その人は変わることが出来ないからだ。
でも「その時」が来た瞬間、その人は突然違う人に生まれ変わる。
私たちはただ、「その時」が来ることを苛立つことなく待ちたい。
ひたすら祈りながら。