マルコ15:1~5


■邑久光明園のUさん

岡山県邑久郡にある離島、長島。
そこには2つのハンセン病療養所がある。

1つは長島愛生園、
http://www.hosp.go.jp/~aiseien/
もう1つは邑久光明園だ。
http://www.komyoen.go.jp/

いずれも、ライ予防法が廃止となった後「ハンセン病療養所」とは名乗っていないが、
ここに居住する方々は皆、ハンセン病を患い、強制的に連行され、家族や地域社会から隔離された「いないはずの人々」だ。
みなさんハンセン病という病は戦後すぐに普及したプロミンという特効薬のお陰で完治しておられたのだが、厚い差別の壁に阻まれて帰郷することが出来ず、「完治者」のほとんどが療養所内に居住せざるをえない状況が今も続いている。

私は学生時代、邑久光明園に足繁く通った。
行くたびに園内にある教会の信徒さんたちから
「あなたは卒業後もここに通ってくる意志があるか?」
「あなたは卒業したら、この教会の牧師として赴任するか?」
という内容の問いを投げ掛けられた。

お調子者の私はそのたびに半分笑って半分困った顔になり、生半可な返事を繰り返していた。
牧師として赴任することは出来なくても、ずっと通い続けることは出来るだろうとぼんやり考えていた。

その教会にUさんという長老さんがおられた。
彼は11歳でここに連れてこられ、隔離された。
13歳の春、園内の中学校に進学する頃、故郷から手紙が届いたという。
Uさんは、会いたくて会いたくて仕方のない、大好きなお母さんの懐かしい文字を見て「会いに来てくれることを知らせる手紙だと思った」そうだ。
あるいは帰郷を許す知らせかもしれないと、胸が高鳴ったのだそうだ。
しかし、そこに書かれていたのは「兄弟姉妹・親類のために、おまえの死亡届を出した」という内容だった。ライ病患者のオマエが生きていては、進学も就職も結婚もままならないのだ、と。

その時の絶望感は想像を超えている。

そのUさんがのらりくらりと真面目に返事をしない私にこういった
「あんたはきっと、卒業したらここには来ないだろう。多くの先輩たちがそうだったようにね。でもね、私はそれでもあんたを恨んだりはしないよ。私たちは誰からも忘れ去られても、ここにいて、ここであんたたちのために祈り続ける覚悟ができているからね」と。


■黙ってそこにいたイエス

すべての人に忘れ去られても、黙々と自分を見捨てた人々のために祈り続ける…。

その姿はピラトの前に引き出され尋問されても何一つ答えなかったイエスの姿と重なる。
死に値することは何もやっていない、と主張すれば釈放されたかもしれない状況で
イエスは自分を守るための抗弁を一切しない。
ただ「敵のために、敵の身代わりとなって死ぬ」という使命を果たすべく、ここにいるのだ。


■野の草花もまた

今日は教会の暦では「花の日」と呼ばれる。
ただ黙ってそこにいる。しかし芳香を放ち続ける、という点で、野の草花もまたイエスの姿と重なる。

光明園のUさん、イエス、野の草花は
踏みつけにされても
忘れ去られても
何の罪もないのに殺されようとしていても、
自分の使命を果たすためにただじっとそこにとどまり、
人々を癒し、安堵させる香りを放ち続ける。

そのような「さりげない愛し方」が出来るようになりたい。