ヨハネの黙示録1:8

■イエスは自分のことを例えて「アルファでありオメガだ」といったという。

最初であり最後だ、ということなのだが、何の最初で何の最後なのか、はっきりとは書かれていない。

この世の始めから終わりまでこの世を統治している、という意味か?
それとも私が生まれる前から死んだ後もずっと一緒にいてくれる、ということか?


■誰もいったことのない未知の領域に真っ先に飛び込むのは勇気がいる。
分かれ道に立ち、どっちに進めばいいのか分からない時、決断するには勇気がいる。
そしてみんなが先にいった後、あらゆることを始末し、すべての片付けを済ませて立ち去ることにも大きな責任が伴う。

チームで動くとき、出来れば先頭と最後尾は避けたいと思う。
その方が気楽だからだ。
しかし、チームの全員がそのお気楽なポジションに居続けるわけにはいかない。
チームで最も優れた判断ができる者に先頭としんがりの役目が回ってくる。


■チームに限らない。
人が独り生きるとは旅のようなものだ。
それも交差点で、どっちに進めばいいのかの判断を迫られ続ける旅なのだ。

自分の目の前には暗闇が広がっている。
自分の背後にも暗闇が迫っている。
進むのは恐怖だ。
だからといって立ちすくんでいると、闇に呑み込まれてしまう。


■進むことも立ち止まることもできないような焦燥の中にいる時、
イエスのこの言葉は胸に迫る。

「私が先頭であり、しんがりである」

そうか、私の前にはイエスがいる。
私はイエスの頼もしい背中を追いながら進めばいいのだ。
そうか、私の後にもイエスがいる。
不出来な私の後始末は、全部イエスが引き受けてくれるのだ。

アルファとオメガ

何て心強い言葉だろう!