マルコ14:10~11
■12人の弟子の一人ユダは、祭司長たちの所にでかけて行き、イエスを引き渡す約束をした。
なぜユダが師匠であるイエスを「裏切った」のか、理由はここには書かれていない。
祭司長たちはイエスを捕らえ、宗教的に断罪する機会を得られることをたいそう喜んだが、
ユダに与えた金はマタイ26:15によれば銀貨30枚だった。
銀貨30枚。
これは当時のユダヤでは奴隷1人の売買価格だった。
■奴隷一人の価値を想像してみる。
(ケース1)アジアの森林労働者
東南アジアの某国で森の民と言われている人たちは週給10円で、
過酷な森林労働を強要されていた。
熱帯雨林保護の機運が高まる中で、輸出目的の大規模な森林破壊は止み、
彼らはその労働から解放されたが、大怪我をした人、亡くなった人があまりにも多く、
また森がなくなってしまって、彼らは生活の基盤を喪ってしまった。
彼らがもし50年間奴隷のような暮らしをさせられていたとしたら
週給10円×4週×12ヶ月×50年=24,000円(年収480円)
奴隷一人の値段は24,000円ということになる。
(ケース2)原発ジプシー
原発の定期点検の、しかも最も危険な作業だけを請け負うために
日本国内の原発を彷徨い歩く日雇い労働者を「原発ジプシー」と呼ぶ。
(私も30年前3日だけ仲間入り。初日の15分間で150mSv被曝したが、翌日別人の名前で働いた。)
西成区から狩り出されて福島第一原発で働かされているジプシーたちの日当は6,500円。
3交代制で働いても、被曝し続けてしまい20年が限度の職場なので
6,500×15日×12ヶ月×20年=23,400,000円(年収1,170,000円)
奴隷一人の値段は2千300万円。
要はイエスは「家畜と同じ」「人として価値のない存在」として売られた、ということだ。
■こちら側に立つイエス
繰り返し書いているように
イエスは徹底して「向き合う人」、「寄り添う人」だった。
誰も一人にはしない、ということを貫いた人だった。
そのことを弟子たちにも、仲間たちにも、自分を取り囲む人すべてに求めた。
イエスはユダの心情や行動を察知し、回避できたにもかかわらず
権力者側に捕らえられる道を選んだ。
ユダはそのきっかけを作るという大切な役割を担ったにすぎない。
ユダは「裏切り者」と呼ばれるけれど、彼がいなければイエスは十字架に向かって進めなかったのだ。
そしてイエスはユダによって、たった銀30枚という売値で捕縛されることになる。
しかし、そのことがイエスをさらに身近に感じさせてくれる。
この超格差社会の世界で、一部の権力者たちによって踏みつけ、搾り取られ、命の危機に曝されている私たち。
奴隷のように扱われている私たち。
その私たちの側にイエスが立っていることをリアルに感じるのだ。
限りなく弱々しく見窄らしいその姿に、神性を見出したいと願うのだ。
■12人の弟子の一人ユダは、祭司長たちの所にでかけて行き、イエスを引き渡す約束をした。
なぜユダが師匠であるイエスを「裏切った」のか、理由はここには書かれていない。
祭司長たちはイエスを捕らえ、宗教的に断罪する機会を得られることをたいそう喜んだが、
ユダに与えた金はマタイ26:15によれば銀貨30枚だった。
銀貨30枚。
これは当時のユダヤでは奴隷1人の売買価格だった。
■奴隷一人の価値を想像してみる。
(ケース1)アジアの森林労働者
東南アジアの某国で森の民と言われている人たちは週給10円で、
過酷な森林労働を強要されていた。
熱帯雨林保護の機運が高まる中で、輸出目的の大規模な森林破壊は止み、
彼らはその労働から解放されたが、大怪我をした人、亡くなった人があまりにも多く、
また森がなくなってしまって、彼らは生活の基盤を喪ってしまった。
彼らがもし50年間奴隷のような暮らしをさせられていたとしたら
週給10円×4週×12ヶ月×50年=24,000円(年収480円)
奴隷一人の値段は24,000円ということになる。
(ケース2)原発ジプシー
原発の定期点検の、しかも最も危険な作業だけを請け負うために
日本国内の原発を彷徨い歩く日雇い労働者を「原発ジプシー」と呼ぶ。
(私も30年前3日だけ仲間入り。初日の15分間で150mSv被曝したが、翌日別人の名前で働いた。)
西成区から狩り出されて福島第一原発で働かされているジプシーたちの日当は6,500円。
3交代制で働いても、被曝し続けてしまい20年が限度の職場なので
6,500×15日×12ヶ月×20年=23,400,000円(年収1,170,000円)
奴隷一人の値段は2千300万円。
要はイエスは「家畜と同じ」「人として価値のない存在」として売られた、ということだ。
■こちら側に立つイエス
繰り返し書いているように
イエスは徹底して「向き合う人」、「寄り添う人」だった。
誰も一人にはしない、ということを貫いた人だった。
そのことを弟子たちにも、仲間たちにも、自分を取り囲む人すべてに求めた。
イエスはユダの心情や行動を察知し、回避できたにもかかわらず
権力者側に捕らえられる道を選んだ。
ユダはそのきっかけを作るという大切な役割を担ったにすぎない。
ユダは「裏切り者」と呼ばれるけれど、彼がいなければイエスは十字架に向かって進めなかったのだ。
そしてイエスはユダによって、たった銀30枚という売値で捕縛されることになる。
しかし、そのことがイエスをさらに身近に感じさせてくれる。
この超格差社会の世界で、一部の権力者たちによって踏みつけ、搾り取られ、命の危機に曝されている私たち。
奴隷のように扱われている私たち。
その私たちの側にイエスが立っていることをリアルに感じるのだ。
限りなく弱々しく見窄らしいその姿に、神性を見出したいと願うのだ。