ヨハネによる福音書11章

イエスの大ファンだったマルタとマリヤにはラザロという弟がいた。

そのラザロが病に倒れ、死の床にいるとき
あれだけ病人を治し、悪霊を追い払い、死んだ人を蘇生させることに熱心だったイエスが
今回に限っては助けに来なかった。

理由は
「死に至る病ではないから」…

で、イエスが
ラザロの墓の前(て、ラザロ死んでるしっ!)に立ったのは死後4日目のこと。

気ぃ遣いの長女マルタは
「先生、もう4日も経ってるんで、腐ってえらい臭いになってるから、もうよろしいですわ~」
と、イエスを止めた。

しかしイエスは
「私を信じる者はたとえ死んでも生きる。永遠に死なない」と
例によって意味不明の言葉を口にして、
入り口を塞いでいた石を転がし、
暗い墓に入っていった。

…私はこの場面が好きだ。
いつも泣きそうになる。

大切な人を
愛おしさの余り、
腐臭立ちこめる暗い場所(黄泉の世界)まで探しに行こうとするイエスの姿。

こんなにもこの人は
私たちをかけがえのないものとして向き合い、寄り添っていて下さったのだ、と。

イエスは絶望が支配する暗闇に向かって
ラザロの名を呼んだ。

すると
ラザロはミイラのように布でぐるぐる巻きにされたままで
墓の中から出てきた。

私はいつもここで
爆笑してしまう。

グルグル巻きのラザロは
白い巨大な芋虫が直立したような姿で
ピョンピョンと跳びはねながら出てきたに違いないからだ。

ラ:「うわっ!マジっ?!死んだはずやのに生きてるし!」

イ:「ラザロ、マルタおねえちゃんは死んで4日たってるから腐って臭い始めてる、ていうてたけど、どないや?」

ラ:「くんくん…イエスさま、何ともありません。むしろいい匂いかも!
それより、顔までグルグル巻きやから、何も見えませんねん。助けておくんなはれ~」

てなことで
ラザロは目出度く蘇生したのでした。



ローマ帝国統治下
迫害を受け、明日はコロシアムでライオンの餌になろうとしていたキリスト教信者たちは
この物語を読んで、きっと安らかな思いになれたのだろう。

たとえ死んでも
魂は永遠に生き、
イエスの魂と共に天国に憩うのだから。

311以降のこの世界で生きる私たちもまた
権力に捕らえられ
猛獣の餌になろうとしている。

自分の命が
もはや誰のものかも分からない現世で
この物語とイエスの言葉は笑いと慰めをもたらしてくれる。