監督 カール・テオドール・ドライヤー
製作 1927年 フランス 97分
私は、芸術というものはそれ以上そぎ落としても、付け足してもその「よさ」が損なわれてしまうという危ういバランスの上に成立していると思い込んでいる。
一度は映画館で見てほしい映画。
音つきで上映されることもあるが、サイレント推奨。余計なことをしない方がいいと思う。サウンドが付いたヴァージョンを見たこともないくせに何を偉そうに、と自分で思うけれど、「ジャンヌ」はサイレントがいいと思う。ドライヤーの静謐を壊すのが怖い。彼はおそらく、音楽をつけることを想定してつくってはいないだろうし、この映画に音楽をつけるという大きな作為を行える人間はそうはいない。画に集中されたい。映画館の暗闇の中、大きなスクリーンに映し出される「顔」に圧倒され、一切の音を立てないように、緊張感を伴って見るのがよろしい。そう勝手に思う。あの画に音楽はいらない。
ドライヤーは大変神経を使う人だった。モノクロの時代、当然ながらスクリーンには白と黒(およびそのグラデーション)しか映らない。彼は『裁かるるジャンヌ』の制作時に、セットの白い壁の発色を気にして、薄いピンク色に塗ったという。そこに一体どれだけの明度の違いがあるというのだろう?もちろんあるけれど、実際にやってしまう彼に乾杯。彼の映画の美しさは偶然ではない。彼の画には、時代を超える繊細な感覚と、それを表現する強烈な情熱がある。
ドライヤーについては言うことがなくて困る。言葉が余分な気がして、何か言おうとするたびに迷う。だから、ドライヤーが大好きなんだけど、知らない人にはぜひ見てほしいのだけど、ただ「一回見てみて」としか言えない。
写真は2003年のドライヤー映画祭のパンフレット表紙(開いたところ、『裁かるるジャンヌ』より)。この一枚でもう、ドライヤーがいかに顔というものに執着したかがよくわかる。そして現代においても、どれだけドライヤーが偉大であり続けているのかがよくわかる。
製作 1927年 フランス 97分
私は、芸術というものはそれ以上そぎ落としても、付け足してもその「よさ」が損なわれてしまうという危ういバランスの上に成立していると思い込んでいる。
一度は映画館で見てほしい映画。
音つきで上映されることもあるが、サイレント推奨。余計なことをしない方がいいと思う。サウンドが付いたヴァージョンを見たこともないくせに何を偉そうに、と自分で思うけれど、「ジャンヌ」はサイレントがいいと思う。ドライヤーの静謐を壊すのが怖い。彼はおそらく、音楽をつけることを想定してつくってはいないだろうし、この映画に音楽をつけるという大きな作為を行える人間はそうはいない。画に集中されたい。映画館の暗闇の中、大きなスクリーンに映し出される「顔」に圧倒され、一切の音を立てないように、緊張感を伴って見るのがよろしい。そう勝手に思う。あの画に音楽はいらない。
ドライヤーは大変神経を使う人だった。モノクロの時代、当然ながらスクリーンには白と黒(およびそのグラデーション)しか映らない。彼は『裁かるるジャンヌ』の制作時に、セットの白い壁の発色を気にして、薄いピンク色に塗ったという。そこに一体どれだけの明度の違いがあるというのだろう?もちろんあるけれど、実際にやってしまう彼に乾杯。彼の映画の美しさは偶然ではない。彼の画には、時代を超える繊細な感覚と、それを表現する強烈な情熱がある。
ドライヤーについては言うことがなくて困る。言葉が余分な気がして、何か言おうとするたびに迷う。だから、ドライヤーが大好きなんだけど、知らない人にはぜひ見てほしいのだけど、ただ「一回見てみて」としか言えない。
写真は2003年のドライヤー映画祭のパンフレット表紙(開いたところ、『裁かるるジャンヌ』より)。この一枚でもう、ドライヤーがいかに顔というものに執着したかがよくわかる。そして現代においても、どれだけドライヤーが偉大であり続けているのかがよくわかる。
