これ激面白い記事だね。

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/091107/erp0911072132004-n1.htm

統一された巨大なドイツの出現、あるいはそれを防ぐ周辺大国の努力は、
まさに欧州の外交史の中心的テーマの一つであるからこそ、
この現代史の裏舞台での欧州大国の首脳のやり取りは本当におもろいねぇ。

単に面白いというだけではなく、疑問として浮かんでくるのは、
このエピソードがしめしているのは、バランスオブパワーという概念の有効性?それとも限界?のどちらなのだろうか?ということ。

確かに、一見すると仏ソ同盟の考慮や、分断ドイツの維持はあきらかに
冷戦下である意味安定した東西均衡を維持するためのアイデアだと思う。
その意味では、それまでのバランスオブパワーの不安定化、最終的な破壊を
避けるという考えが欧州大国の首脳の頭に確実にあったことを示してはいると思う。

ただ一方で、ドイツは統一されたわけでしかもその後、戦争も起こっていなければ、
ドイツによる欧州支配などという話は聞かれていない。
言い方を変えれば、ドイツ統一ははたしてバランスオブパワーを乱したのか?
あるいは、バランスオブパワーが乱されても結局問題はなかったのか?
さらに、バランスオブパワー以上に重要なテーマが優先されたのか?
といった疑問にどんどん繋がってくる。

まあ、バランスオブパワーという言葉自体かなりあいまいで使っててあほらしくなる瞬間もあるけど、
要するに、統一ドイツという巨大なパワーの出現が、
NATOの解体、EUのプロセスの終焉、独仏対立、あるいは第三次世界大戦などに
少なくともこの20年いたらなかったという疑問が解決されずに残っているというわけですね。

可能性としては、NATOがソ連というバランス対象を失った後も維持されたことが、
アメリカの欧州へのコミットメントおよび、西欧大国間の協調体制の維持に役立ったこと。
ドイツの経済停滞と東ドイツの復興がドイツの対外的積極性を阻害したこと。
WW1&2がドイツ国民をすでに変えてしまっている、戦争の記憶が強力な歯止めになっている。
統一ドイツのパワーがそこまで圧倒的ではないことがしっかり英仏などに広まった。
などが考えられる。

こうしてみていくと、バランスオブパワーの変化への敏感さというのは確実に政策決定者の中に存在し続けているし、その一方でそれに変化が起こったとしても現実主義的、リベラリスト的、あるいはコンストラクティビスト的な処方箋も同時に存在しているということが見えてくる気がする。

ヨーロッパはぜんぜん勉強しておらん自分ですが、
雑感を一生懸命書いてみました。