それは、確か毎年2月10日の夜に行われた
男の子達の行事だった。
集落の、男子の小中学生20名程が大獅子、中獅子、小獅子の装束を付けて
他は、木彫りの・おかめ・翁のお面、残りの15名程が厚紙製のお面を着けた一団が
「ささら」といわれた手製の竹の楽器や鈴を持って
各家々の座敷に上がり込み、お面を付けてる者は
まいこめ!、まいこめ!!と大声を出し、楽器を鳴らしまくり
無礼講に暴れまくった。
その間に、獅子装束の3名は仏壇の前で拝礼をし
正一稲荷のお札を捧げ、小袋にいれた駄菓子を供えた。
すると、農家の畳座敷は、土埃が舞いあがり、帰り間際に、主が小銭をくれた。
次々に隣家に移動し、集落の30軒程をると、大声と埃で喉が痛かった。
赤い獅子頭は背中に色紙の飾りをして綺麗だった、今ならカラー写真で残せたろうに。
テレビも無い、寒いー、冬の唯一の楽しみだった、なぜか60年前の光景が、
今でもビデオ画像の様に鮮明に記憶に残ってる。
あの行事は、自分の生まれた集落だけの無形文化財的な行事だったのだろうか、
「舞いこめ」、「まい込め」と騒いだから、お金が、健康が、幸せが・舞いこんで欲しいと
願いを込めた行事だったのか
今も存続してるのだろうか、少子化で無理かな~
その準備の為に、高台の観音堂に集まって、上級生の指導で、さむーい大寒の午後、おフダの木版を刷ったり、ささらという竹の楽器を作ったり、お面の修理したり、色紙を切った事が昨日の様だ。
主役の獅子装束をかぶりたかったが、チビだった自分には順番が回ってこなくって悔しかった~
あの頃は、手にあかぎれが出来て、いつも空腹で、洟をたらし、ひもじかったけど、
いじめ、不登校なんてなかったよな~、花粉症、アレルギーも、交通事故も、塾通いも・なかったな~。
・老人回想はメンタル・ヘルスに良いと云うので綴ってみました・
THE END 2/10記