放送大学と云うのがあるのを知ったのは40歳位の
働き盛りの時だった、むろん、遊びが面白く、仕事が忙しく?
勉強の「べ」の字も思わなかった。
我の同級生で、男で大学まで進んだのは6%だった
むろん自分は行けなかったので「大学」という文字に憧れがあった
60歳で定年、子育ても終わった、頭は薄くなったが・
好きだった化学のアボガドロ定数は記憶の隅にあり、
周期律表もおぼろ覚えしてる、方程式くらい解けそうだ。
定年後、運よく満額の年金がついた
責任の軽い閑職に再就職できたので学費にも困らない
余暇と余裕ができた
そうだ、この余暇を何に使うか考えたら、
系統だって勉強しようと、放送大学の入学を申し込んだ、60歳の秋に
BS放送受信設備を自前で配線し、専用ビデオと高性能TVを揃えて3万円
ハード面は完ぺき、されど、勉強の習慣が無い、辞書なぞ40年も触った事が無い
教材は送られてきても、ただ、ただ積ん読くダケ!、
当時は1教科2単位1万円の授業料なので、
半年分で5教科10単位分で5万円も前納したのに
ソフト面が付いていかない、孤独との闘い
新しい学問を覚えようとしても、導入の1,2頁は読めてもそれから先はチンプン・カンプン
しかし、講義の放送を録画して、そのビデオ解説を何度も何度も視て・聴くと、
口の中の固い飴が少しづつ溶けるように分ってくる
忍耐と継続と根性が60才の時はあった。
しかし夕方になると、勉強の強敵が現れた、それは晩酌である、
習慣性飲酒症(依存症?)の自分は止められない
どうしても酒をサケられない
単位認定試験の為に、年に6日、面接授業で土、日で10日休まなければならないが
職場の理解と協力で計画通りに取れたので、5年で126単位取得し、卒業できた
やればできるものだ・65歳の秋だった。
学位授与式で・29名の卒業生代表で挨拶をした
ご来賓の大学教授の面々の前で、
酒が好きな自分が勉強できたのは8時に酔って寝入り
深夜に尿意で・ニョーイ・ドンと起きて・その後に机に向かったからですと、結んだ。
頭の固い先生方は我の洒落を理解できなかったのか・反応なし・チンモク・
それとも厳粛な場でふさわしくないシャレだったか・
シャレって通じないと寒ーいですね。
今、また、別の学科に学士入学し、後期の単位認定試験が明日にあるんだー
覚えるは難しく、忘れるは易し、老後の学びかな・THE END・2012/1/28記