資料によると、なんとアラピアは、9時チェックアウトだった。
ぼくたちは、結構早めに起きて、支度した。
市川さんがシャワーをあびだしたので、うらやましくてぼくもシャワーをあびようとしたら、石鹸類(シャンプーなど)がなにも用意されておらず、あせった。まあでもさっぱりしたにはさっぱりして、501号室に別れを告げ、たのしかったアラピアを去った。
おはなさんに連絡をとってみる。
10時に約束をしてしまったから、困った。
なんとか電話にはでていただけた。
電話をかけた市川氏によると、起きてた起きてたといってはいたが、寝ていたっぽいニュアンスが存分にでていたという。まあ約束は10時なので当然といえば当然だろう。
ぼくたちは、「お茶」をするため、高岡のまちを歩くことにした。
どれくらい歩いただろうか。目に入ってくるものは、田んぼと車とガソリンスタンド、そして閉まっているお店がちらほら。「お茶」できそうもない。
10時前だから仕方ないと思った。
でも市川くんが、だんだん弱音をはきはじめた。「汗かいてきたからもう歩きたくない。」
先輩が弱音をはけば、僕も弱音をはきたくなる。
2人で弱音をはきつづけてしばらく行くと、あったあった喫茶店ぽいお店が。
どんどん近づいてみた。
するとそれは、ただのお菓子屋さんだった。しかもやってない。下手なフランス語に惑わされた2人はまた弱音をはいた。
その後も、喫茶店かと思ったら美容室だった、や、喫茶店かと思ったら工場だったなどなど、そういった状況が何度も続き、どちらからともなくあきらめの言葉が出始めた瞬間、みえた、ファミリーレストランの看板。
三百メートルくらいあったが、助かったと思った。
しかし歩いているうちに、24時間営業ではないファミリーレストランがあることに気づいた。
もしかしてギリギリやってないかも、という不安が僕らを襲う。
そこで市川氏、
「おれこれがやってなかったらもう歩かねえよ、ていうかやってないわけがないよこの状況で…」
といったニュアンスの、まるで神様をおどすような言葉を発した。
あまりに自分中心な発言すぎてびっくりしたが、なんだか市川さんが頼りになるお兄さんにみえた。
そしてお店の前まで来ると、なんとなんと、9時営業開始であった。
市川和則が、神に勝った瞬間だった。
神様と市川さん両方に感謝して、中に入った。
店の中は人が少なく、静かで涼しい。天国らしい雰囲気をかんじた。
朝なので、2人ともモーニングセットを頼んだ。
おなかもまあまあへっていたのでおいしくいただけた。
30分以上たったので、もう一度おはなさんに連絡をとる。
市川氏がなにやらぶつぶつしゃべっている。
電話をきり、様子を聞くと、なんと、電話で起きたっぽいニュアンスが満開だったという。
たぶんだが、二度寝であった。
しかしおはなさんは起きていたと言い張ったらしい。
…信じようと思った。
食後は、ワールドカップの録画的なものがやっていたので、みながら待った。
だらだらみていると、おはなさんはわりと早くきてくれた。もちろん愛車「ミラ」での登場だ。
ぼくらはミラに乗り込み出発した。
11時くらいに今日の演奏場所「武田家(重文)」にきてほしいといわれていたが、なんかちょっと海をみたい(おはなさん)ということで、海を見に行くことになった。
おはなさんの二度寝話題もそこそこに、途中でお茶も買い、ミラさんは順調に走り始めた。
車内のBGMはジャクソンファイブからいろいろなミュージシャンを経て矢野顕子へ。
見応えじゅうぶんの工場群や、ちょっと素敵な橋、そして沼津の千本松原を思わせる海沿いの道など、なかなか楽しいドライブであった。
しばらく行った眺めのいいところで車をとめ、記念撮影大会が開催された。
大会はすぐに終わり、いちかわくんが変わった形のテトラポットの上を歩き始めた。
そのときである。市川氏が、足を滑らせた!!
「よし!」
トラブルの発生の予感に、ぼくは正直わくわくっとした。
だが、残念ながらいちかわくんはなんとか持ちこたえ、無事だった。
ぼくもまねして歩こうとしていたが、そんなダイナミックなショーを見せられたので、こわくなり、やめた。
ラジオ体操第二のポーズや釣り人親子などの写真をとるのにもあきて、そろそろ武田家に向かおうということになった。
くるときに、こっちが武田家だよという看板があったが、どこにあったかいまいち思い出せなくなっていたとき、
「ぜったいこっちだよ。」
と市川氏。
おはなさんも僕も疑いまくっていたが、市川氏の記憶力は正しかった。
市川さんのおかげでスムーズに武田家に到着。荷物を下ろして中に入っていく。
武田家はさすが重要文化財だけあり、なかなかの建物であった。
僕は写真をとりまくった。
みなさんにあいさつし、遊ぼうとしたが、すぐリハになった。
この日はリバーブに苦労した。
けっこうためして、なかなかよくなったところでリハ終了。
僕と市川さんは、おはなさんに許可をとり、武田家裏庭散策にでかけた。
裏庭もなかなかで、花やら木やら池(ミニ)やらが、落ち着いた気持ちにさせてくれた。
ぼくは蛇がでることを非常にきにしていたが、幸い彼らが現れることはなく、裏庭散策は滞りなく終了した。でも蜘蛛の巣にはひっかかった。
気づくと、昨日はいなかったスタッフの人がけっこういて、またわけがわからなくなり始めた。だが気を取り直し、おなかも空いたので、お弁当をいただいた。
おいしすぎて、もうひとつ食べたいと思っていると、なんと目の前にひとつ余っている。
ぼくは羊さんに食べてもいいか相談した。2人で分けよう的なニュアンスで切り出してみたが、やはりまずいのではないかという話になった。
完全に余りが確定したときにいこう、と心に決めたそのとき、おはなさんがきて、そのお弁当を持っていった。
おっとっと!はいあぶなかった。本気であせった。
というか、ふつう三つあったら、どう考えてもいちかわさんとおはなさんと僕の分になるのに、ぼくはなにを考えているのだろうか。
食べてしまったことを想像するとやはりいまでも震えに近い症状はおさえきれない…。この事実、おはなさんには、、言えない。
そんな危機一髪感をぼくが味わっているさなか、気づいたら市川氏は、寝息をたてている。もっと遊んでほしかったが、大事なライブである。僕もおとなしく本を読むことにした。
群ようこさんの本を読んでいたら、スタッフの人に、
「おっ、精神安定剤かい?あっなんだマンガか。」
といわれた。
ちょうど2ページにわたっての挿し絵のページだったのだ。
まあ僕も本くらいは読みますよ、といったような返しがとっさに浮かんだが、必要なくなった。
内容がそれに近いことは正直否めないが、少し損した気分になった。でもわざわざ、マンガではなく群さんの本を少々、などと訂正するのも恥ずかしいので笑っておいた。
そろそろ始まる時間になってきていた。この日は1時半くらいに始まりなのだ。
まず最初に昨日のありノバさんのギターボーカル笹島さんの登場である。
サイレントギターの調べと、とおりのよい声、そして渋い選曲が観客やぼくらをうならせた。
笹島さんが終わり、少し休憩である。
休憩中におはなさんはトイレに行きたいがいけないと嘆いていた。
なにしろお客さんは160人。トイレはひとつだけなのでなかなか行くに行けない。
そして推定だが、おはなさんよりも前にずっとトイレに行くのを我慢しているものがいた。
ぼくだ。
ぼくは普段から、ギリギリまで行かないというくせがついており、そのギリギリがまさにこのときだった。
そんなとき、おはなさんは、なんと立ち入り禁止になっている重要文化財のトイレに目を付けた。
おはなさんは、何度もスタッフの人にここでもいいか聞いていた。
だが、重要文化財である。当時もんなのだ。わざわざ立ち入り禁止にまでしてある場所なのに、そこで用をたしていいわけがない。
スタッフの方:「うん、いいよ。いってきな。」
えっ、いいんですか?
僕の中で重要文化財はおろか、国宝クラスの文化財までの見方が変わった瞬間だった。
そんなことが許されるなら、許されるのなら、僕はできればふつうのトイレより重文のトイレで、いわゆるなんというかその、してみたかった。
「ええーじゃあぼくもいいですか?」
と勇気を出していってみたら、
「じゃあまずはたけひこくんが行って様子を見てきてよ。」
おはなさんは僕を毒味に使ってきた。
いいのだ、ぼくはこういう役割を担うために富山に連れてきてもらったのだ。忘れてはならない。しかもいやじゃない。
僕は、はりきって立ち入り禁止と書いてあるドアを開けた。
「ギィーー」
独特のにおいが鼻を突く。
なかは薄暗いが、歩けるには歩けた。
みると、男の人用はあるにはあったが、木製で、しみこんでしまいそうにみえて、なんだか気が引けたので、個室タイプの方を選択させてもらった。
個室まできて、後ろを振り返ると、あれ?さっきまではなんでもなかったが、床がぬれている。
湿気か?いやちがうだろう。
もう一度床をよく見てみたら、なんとホコリより細かいホコリが一面に広がっている状態で、その上を歩いたときの足跡だった。
通常のホコリの上を歩いたのとは全く訳が違っていてびっくりした。歩くことでホコリがとれて、本来の床の色がみえるのだ。
ほんとに誰も立ち入ってないことがわかった。
さてさて、個室はやはりいわゆるぼっとんタイプであった。
ぼくはわりとふつうにできた。
柱につかまっていたら、柱も床と同じ状態になった。
そしてなるべく足跡をつけないようにさっさともどった。
なんだかやりとげたすがすがしい気分だった。
しかしもどってみると、みなさんがこちらをいっせいにみてきた。
えっ、いいっていいましたよね?
ぼくは、冗談だったのかもと思った。
そしてもしや自分が、冗談もわからないようなだめな人間だと思われているかもしれない、という不安にかられた。
が、べつになんてことはなかった。なにもいわれなかった。よかった。
次はおはなさんのばんだ。
足がホコリでよごれることをおしえてあげた。毒味した甲斐があったというものだ。
靴をはいておはなさんははいっていた、だが、すぐにでてきた。
「わたしこんなくらいとこやっぱ無理やわ。」
えっ、おはなさんも行くと思ったから僕もいったみたいなとこがあるんですけど。共犯的な意味合いがあったんですけど。
悪者は僕一人となった。
やはりよく考えれば、そんなところで用をたしてはいけないのである。
取り返しのつかないことをした思いのまま、本番は始まった。
ちなみにだが、おはなさんは、そのあとすぐ外のふつうのトイレにいった。
本番はやはり羊毛とおはななライブであった。
160人のみなさんが手をたたき、のりのりである。ステージ後ろの戸を開けて登場するというこった演出をおはなさんから強制的にやらされ、わたしも三曲目から参加した。まあやりたかった感は強い。
久しぶりにたくさんの人の前での演奏で緊張した。
羊はなの演奏が素晴らしいので楽しくやらせていただいた。
アンコールもいただき、武田家ライブは大成功であった。さすが羊はな。
先輩方は終わっても、CDを売りサインをするという仕事が残っており大変である。
ぼくは武田家内をうろうろしていた。
するとある部屋に、眼鏡をかけたお客さんらしき人が1人。どうやら武田家鑑賞中のようである。
一般のお客さんはもうすでに帰っているのになぜこの人はまだいるのか?
まあいいと思った。
その後おはなさんと羊毛くんがもどってきた。きのう以上にたくさんうれたらしい。よかった。
その後、タバコが吸いたいらしいので、いっちいと外にでてみた。
外にしばらくいて帰ってきたら、
「武田先生!」
という声がした。
なんだそれは!
武田家に武田先生とはいったい?まさか持ち主か?でもなぜ先生なのか?
呼ばれている人の方をみてみた。
すると、なんとさきほどの眼鏡の武田家鑑賞中の人だった。
ではほんとにこの人はここの持ち主か?先生と呼ばれる理由は何か?
市川氏などは