《第九話》
「あの、俺、夕べ…」
「あれから帰って、父上に全てを聞いた。お前が、何故“弟”として育ったのかも。迂闊であった…俺はお前に気付かず、不快な思いをさせていたのかもしれぬ。スマン!」
謝罪され、炭治郎の目からはジワリと涙が滲み出る。
「俺こそ、ごめんなさい。騙し続けて・・・夕べは、不埒な夢まで…炎柱様に懸想してしまうなんて・・・」
泣き出す炭治郎に唇を重ねる。
「ハワワワワ」
涙が止まり、赤かった顔が更に赤みを増す。
「懸想しているのは俺の方だ。俺はな、炭治郎…父上に言ったのだ。お前を妻に迎えたいと、」
『はぇ?』
「俺はお前を好いている。愛いのだ…故に、父上に願い出た。お前を妻にと・・・そうしたらな、」
「そうしたら?」
「決めるのは俺では無く、お前だと言われた!父上から聞いた所によると、宇髄もお前を嫁にと願い出たらしい。」
「あ、言われた…女である事を黙る代わりに、仇討ちを遂げたら嫁に来いと言われました。」
「して、返答したのか?」
「あの、嫁って?妻って?瑠火お母さんみたいに、父上のお世話をする事でしょ?俺、料理やお掃除は得意なので、」
『いかん!いいか、炭治郎。嫁も妻も同じだが、お手伝いでも使用人でも無いのだ。番となり、伴侶として・・・床を共にし、子を成すのだ。』
「子を、成す・・・⁉️」
隊舎で隊士達が見回した春画
炭治郎からすれば、いかがわしいあの春画のような事を、“床入り”と、隊士達は話していた。
〖口吸いだけでも凄いのに、更にあんな事を、春画のようないかがわしい事を…〗
杏寿郎は炭治郎の頭を優しく撫でた。
「案ずるな…お前が望まぬ限り、無理強いはせぬよ。父上とも約束した。」
「杏寿郎…兄様、」
「今しばらく、お前が“女”だとバレないよう、俺も注視しよう。だから・・・駒澤の煉獄邸に帰って来なさい。母上も心配している。今日も蝶屋敷に駆け込みそうだった。」
「うわぁ…」
「先程、胡蝶に訊いたが、神埼少女が往診に来てくれるそうだ。だから、帰ろう。俺達の家へ…」
「いいんですか?俺…煉獄の邸に帰っても、」
「当たり前だろ。お前の邸(いえ)だ。」
杏寿郎は炭治郎を背負うと、身の回りの荷物を持ち、蝶屋敷を後にした。
それから一刻後
「はあ?煉獄が連れて帰った?」
見舞いに来た宇髄は、大口を開けた。
「おい、もう動かしていいのか?傷は?」
宇髄はアオイに訊く。
「しのぶ様が連れて帰っても良いとご判断されたのです。私が毎日往診に行く事を条件に…」
「っー事は、まだ復帰は出来ない状況だな・・・煉獄、気付きやがったか?」
宇髄は煉獄邸へ向かった。
「兄上、お帰りなさい!」
弟妹が出迎えてくれた。
「炭治郎、お帰りなさい。」
「ただいま帰りました。母上…勝手をしまして、申し訳ありませんでした。母上のご飯…食べたいです。」
「後で部屋に持っていきます。今は身体を休める事が先でしょう、」
炭治郎の部屋には布団が敷いてあり、干していたのか?ふかふかだった。
杏寿郎は炭治郎を布団に下ろすと、寝かせる。
「久しぶりの我が家はどうだ?」
「嬉しいです。もう、帰れないかも、って、思ってたから…」
襖が開き、瑠火が夕餉を届けに来た。
芋粥に鰻の蒲焼き
「ご、ご馳走だ…」
「姉上、私が…………」
千寿郎は杏寿郎の反対側に座すると、お椀を持ち、木匙で粥をすくった。
「ふーふー、はい、あーん。」
「あ、はい、」
千寿郎に食べさせて貰い、口元を拭って貰った後、瑠火は
「さぁ、少し休みなさい。」
と、全員、部屋から出された。
「母上、」
「炭治郎には休息が一番なのですよ。」
「母上、兄上、宇髄様がお越しになられていますが、」
「よぅ。炭治郎は?」
「今、休んでいる。…折角来てくれたのだ。茶でもどうか?」
杏寿郎は宇髄を応接間に通すと、庭で素振りをしている竹雄や、お茶を運んできた禰豆子と談笑していた。
が、しばらくすると、悲鳴が聴こえてきた。
「炭治郎⁉️」
瑠火が振り向くと同時に二人が駆け出す。
炭治郎の部屋の襖を開けると、上布団をはね除けた炭治郎が、頭を抱えて声を上げていた。
『父さん!母さん!茂、花子、六太あぁ!嫌だ!みんな、死なないでぇ!!殺さないでェ‼️』
〖この怪我がきっかけになって、心の傷が拡がり兼ねないのです。炭治郎さんの傷は、深くて大きい…普段隠しているから、余計にこんな時に表面化したりするものなんです。煉獄さん…支えてあげて下さいね。“長男”として頑張っている炭治郎さんを、〗
『炭治郎、大丈夫だ。炭治郎!』
杏寿郎は炭治郎を抱き締めた。
「お兄ちゃん、私達も居るから、」
禰豆子は炭治郎の手を掴む。
竹雄も同じように手を掴み、〖大丈夫だよ〗と、言い続けた。
「杏寿郎さん、杏寿郎さん…」
「俺は此処にいるぞ、」
宇髄は額飾りから糸を引っ張り出すと、炭治郎の耳元で糸を弾いた。
「宇髄?」
「音の共鳴で炭治郎の張り詰めた精神を解すんだよ。」
「天さ…ん、」
「おぅ。キツイな。大丈夫だ…楽にしてやっからな、」
何度か弾いた糸の振動に共鳴したのか?炭治郎は眠りに着いた。
「スマン、宇髄。恩にきるよ、」
「さ、みんな、部屋から離れましょう。」
瑠火に言われ、再び応接間へ。
「胡蝶が言っていたのだ、炭治郎が、目の前で家族を殺された心の傷は、深く大きいと。普段は“長男”として頑張っているが、今回の怪我で、心の傷が開いてしまうのではないか?と。だから自宅へ帰り、家族と過ごす方が安心出来るのではないか?とな。」
想像以上に、心の傷は深かったのだ。
―続―