18日にうきゃさんが4ヶ月ぶりに退院しました。

これからデイサービスとかの予定も立てなきゃ汗うさぎ


ですが、18日夕方辺りから自分が体調不良にネガティブ

発熱やら喉の痛みに翌日かかりつけ医を受診

時期が時期だけに、567検査も受けましたが、567はシロ照れ

診察室に呼ばれ、採血したら、白血球が1万超えポーン


「細菌感染だね。気管支炎も起こして、喘息誘発してる。胸の音も悪いよ」


びっくり喘息ですかはてなマーク

しばらく発作は起こして無かったのにゲッソリ

抗生物質や去痰剤、解熱剤と咳止めなどを処方して5日後に改善がみられなかったら再受診と言う事にショボーン

今日、熱は平熱になりましたが、咳が止まらず、痰や鼻水もまだ黄緑色ゲロー

うきゃさんの退院に、貯まっていた疲れが表面化したのかな絶望

今、天候も荒れてるしえー?

皆様もお気をつけ下さいね。


入院中のうきゃさん

蜂窩織炎だったのに・・・

思ったより治りが悪い

歩行に支障があり、介護保険を申請して下さいと病院から言われて市役所へショボーン


せめて、車が運転出来る位になってくれればいいんですが驚き

親父が旅立ってから4ヶ月

姉貴達とぼつぼつ片付けていた親父の借家🏠


もう居ない空間がさみしいショボーン

舅姑、大姑の介護から親父の介護まで、振り返ると25年

改めて、長い期間だったんだなぁ…と、思った。


そんな中、やはり思うのは、

医者の態度や言葉


確かに、親父は80代だ👴

だから?

老人だったら、治療を諦めなきゃならないの??


肝臓癌が発覚し、大学病院に投げたのは地元の総合病院の医者だった。

大学病院の担当医は、受診初日にブチギれしていた。


『この状態でよく放っておいたもんだむかっ現状なら週単位で命が無くなるびっくりマークすぐに入院して処置をしないとムキー


大学病院の医師の言葉に、姉貴と自分は恐怖に震えたガーン

最短で入院の手続きをして貰い、ラジオ波焼灼療法を受けました。

処置が終わり、担当医は、


「これで、喫緊の危機は回避出来ました。取れる限りの癌は焼きました。」

「ただ…怪しい部分、血管を巻き込んだ癌細胞を完全には処置しきれませんでしたショボーン


それは仕方無い…理解しています。

GOD HANDとて完璧じゃない

寧ろ、地元病院で投げ出された親父の延命を叶えて下さって感謝でした笑い泣き


たが、成功したと知った途端、地元病院は帰院を要求びっくり

大学病院側も、様々な件を考慮し、帰院を了承

遠く離れているし、地元とパイプを繋げていないと、

もしもの時に、診て貰えない

と言う事が起こらないよう…

これが、闇みたいなもんでしょうね🤷‍♂️

結局、後ろ髪を引かれるような思いで、親父を地元病院へ


それから数年

田舎の宿命か?ちょっと腕の良い医師は、速ければ半年で移動になるガーン


親父の最後の肝臓担当医は、自分的にはクズだったムキー

(自分がそう感じただけですが)


初めて顔を合わせた時、


「え、まだ治療するんですか?もう歳だし…いいでしょ?僕ならしませんよえー


モニターしか見ず、そう言う医者

自分は、殴りたい衝動を抑えるのに必死でしたムキームキー


「しますよ❗❗それで効果が有るなら、受けさせますよ💢当たり前じゃないですか!?


「僕ならしませんよ」


患者を前に、そう言う医者に、本当は反論したかった。

だが、沈んでいる親父を横目に、怒りを抑え、診察室を出ました。

現状、告知は当然の事でしょうけど、

医者も患者も人間

十人十色

告知された患者が、全面的にそれを受け入れ、闘病に全力を尽くす・・・訳では有りません。

姑のように、医者の安易?な告知により、心を病み、認知症を発症してしまう例をある事を、医療従事者の方々もご理解頂きたいです。


この医者の発言から、親父は生きる事になげやりになってしまった時期がありましたぐすん

それは、姉貴や自分達も心を痛め、どうすれば良いのかと悩んだ期間でもありました。


しかし、


棄てる神在れば拾う神も在るおねがい

腎不全になり、人工透析が必要になった親父は、開業医で透析を受ける事に

この開業医の院長先生が立派な方でした笑い泣き


患者と家族に寄り添い、丁寧な説明をして下さり、セカンド・オピニオンも探して下さる神振り昇天

院長先生繋がりの他医療機関の優しい対応に涙笑い泣き


デイサービス、訪問リハビリ、医療器具レンタル、生活介助などのサービスを使いながら、最終的には約四年近く、親父の部屋にほぼ同居みたいな形で介護しました。

総合病院の肝臓担当医は相変わらず、やる気か無いような曖昧な態度でしたが、開業医の院長先生方は、連携を取って下さり、最後の瞬間までサポートしてくれると約束下さり、その約束は果たされました泣くうさぎ

6月、親父は姉貴の誕生日までもち堪え、静かに旅立ちました。

87歳

波乱万丈な人生でした。


人間は産まれた以上、必ず

死 という終焉が来る


それは避けられないし、理解しているつもりです。


でも、生命を護れる立場にある医者が、患者の医療を、

【歳だから】

と、言わないで欲しい❗❗


判っていても

解っているからこそ、少しでも長生きして欲しいと願う家族の前で


【もう諦めたら?】


なんて言わないでくれ💢

患者や家族の明日を、へし折るような事をして欲しくない。

以前、親父が通っていた開業医の院長先生が


「元気になって頂きたい、そしてまたお会いしたいから、佳くなるようにお祈りしてます。」


その優しい言葉が、どれたけ心に染みたか泣くうさぎ


気遣い

思い遣り

それが、患者が欲しいものですようさぎのぬいぐるみ

介護に何の後悔も無かったけど・・・ただ、心残りがあるとしたら、

自分は、成人してから親父と旅行に行った事が無かった...

連れて行きたかったなぁショボーン


一段落ついた介護


今度はゆっくり、自分のメンテナンスに入ります。


まぁ、左半身マヒの障がい者の自分が、よくも25年も介護をやれたもんだなぁ笑い泣き

右肘

左脇

介護の傷痕あります。


右肘は大姑に芋壺に突き落とされ、縫えない程ガザガザの切り傷が

額は姑に石を投げつけられ流血

左脇は階段から落ちそうになった舅を庇って肋骨骨折

右手や左頬は、突然キレた親父に食器を投げられ切れたりアザに真顔ガーン


介護してると不足の事態により負傷する事も絶望


それでも、看なきゃなりません不安


でも、後に知りました。


介護は実子に義務がある


ってびっくり


え、舅姑、実子はほぼしてくれませんでしたよえー


ま、親父の介護は出来たんでおねがい

ずっと、付き添えたんで...

最後、看取らなかったのは、自分が決めた事でしたから、姉貴も了承してくれて、親父の最後は姉貴が看取ってくれました。

それで良かったのだと思っています。


医療従事者の方々

個人的な我儘です🙇


患者や患者家族から言い出さない限り、


治療止めませんか?


って、言わないで下さい。


余命宣告するなら、まず家族に先に相談して頂きたい。

診察室で「風邪ですね」って、言うような感じで、余命宣告するのも止めて下さい!

先生方からすれは、何百、何千と診てきた患者さんの1人でしょうけど、宣告を受ける患者や家族は、それが初めてかも知れないし、とても重い事なんです。

それが堪えきれず、生きる事をあきらめてしまう者も居るんですびっくりマーク

人の生命を救う医者が、患者や家族のココロを壊してしまうかもしれない事を、知って欲しいですえーん


〖頑張れ〗


と言う言葉は、大切な言葉ですが、時に、患者には向けるには不適切な時がある・・・

自分は、弟の時、それを後悔しました。

だから、今は、闘病中の人には【頑張れ】は使わないようにしています。

頑張れじゃなくて

踏ん張れなんですよニヤリ

その場に踏み止まっても、下がらなければいい

少しずつ、前に歩けばいい


今、苦しい癌治療を受けている方へ・・・


踏ん張って下さい

まだ力が出せないなら、今ある力で踏ん張って下さい。

病気と巧く付き合いながら、いつか、病気を克服出来る日まで

医学進歩も日進月歩

癌治療も進んでいます。

諦めず、治療を続けて下さい。

そして、医療従事者の方々

患者や家族より先に、諦める事を選択しないで下さいショボーン

最終決断は、患者と家族に有るのだと、自分は思います。


自分は、いつも、そう思っています泣くうさぎ