親父が旅立ってから4ヶ月
姉貴達とぼつぼつ片付けていた親父の借家🏠
もう居ない空間がさみしい
舅姑、大姑の介護から親父の介護まで、振り返ると25年
改めて、長い期間だったんだなぁ…と、思った。
そんな中、やはり思うのは、
医者の態度や言葉
確かに、親父は80代だ👴
だから?
老人だったら、治療を諦めなきゃならないの
肝臓癌が発覚し、大学病院に投げたのは地元の総合病院の医者だった。
大学病院の担当医は、受診初日にブチギれしていた。
『この状態でよく放っておいたもんだ
現状なら週単位で命が無くなる
すぐに入院して処置をしないと
』
大学病院の医師の言葉に、姉貴と自分は恐怖に震えた
最短で入院の手続きをして貰い、ラジオ波焼灼療法を受けました。
処置が終わり、担当医は、
「これで、喫緊の危機は回避出来ました。取れる限りの癌は焼きました。」
「ただ…怪しい部分、血管を巻き込んだ癌細胞を完全には処置しきれませんでした
」
それは仕方無い…理解しています。
GOD HANDとて完璧じゃない
寧ろ、地元病院で投げ出された親父の延命を叶えて下さって感謝でした
たが、成功したと知った途端、地元病院は帰院を要求
大学病院側も、様々な件を考慮し、帰院を了承
遠く離れているし、地元とパイプを繋げていないと、
もしもの時に、診て貰えない
と言う事が起こらないよう…
これが、闇みたいなもんでしょうね🤷♂️
結局、後ろ髪を引かれるような思いで、親父を地元病院へ
それから数年
田舎の宿命か?ちょっと腕の良い医師は、速ければ半年で移動になる
親父の最後の肝臓担当医は、自分的にはクズだった
(自分がそう感じただけですが)
初めて顔を合わせた時、
「え、まだ治療するんですか?もう歳だし…いいでしょ?僕ならしませんよ
」
モニターしか見ず、そう言う医者
自分は、殴りたい衝動を抑えるのに必死でした

「しますよ❗❗それで効果が有るなら、受けさせますよ💢当たり前じゃないですか
」
「僕ならしませんよ」
患者を前に、そう言う医者に、本当は反論したかった。
だが、沈んでいる親父を横目に、怒りを抑え、診察室を出ました。
現状、告知は当然の事でしょうけど、
医者も患者も人間
十人十色
告知された患者が、全面的にそれを受け入れ、闘病に全力を尽くす・・・訳では有りません。
姑のように、医者の安易?な告知により、心を病み、認知症を発症してしまう例をある事を、医療従事者の方々もご理解頂きたいです。
この医者の発言から、親父は生きる事になげやりになってしまった時期がありました
それは、姉貴や自分達も心を痛め、どうすれば良いのかと悩んだ期間でもありました。
しかし、
棄てる神在れば拾う神も在る
腎不全になり、人工透析が必要になった親父は、開業医で透析を受ける事に
この開業医の院長先生が立派な方でした
患者と家族に寄り添い、丁寧な説明をして下さり、セカンド・オピニオンも探して下さる神振り
院長先生繋がりの他医療機関の優しい対応に涙
デイサービス、訪問リハビリ、医療器具レンタル、生活介助などのサービスを使いながら、最終的には約四年近く、親父の部屋にほぼ同居みたいな形で介護しました。
総合病院の肝臓担当医は相変わらず、やる気か無いような曖昧な態度でしたが、開業医の院長先生方は、連携を取って下さり、最後の瞬間までサポートしてくれると約束下さり、その約束は果たされました
6月、親父は姉貴の誕生日までもち堪え、静かに旅立ちました。
87歳
波乱万丈な人生でした。
人間は産まれた以上、必ず
死 という終焉が来る
それは避けられないし、理解しているつもりです。
でも、生命を護れる立場にある医者が、患者の医療を、
【歳だから】
と、言わないで欲しい❗❗
判っていても
解っているからこそ、少しでも長生きして欲しいと願う家族の前で
【もう諦めたら?】
なんて言わないでくれ💢
患者や家族の明日を、へし折るような事をして欲しくない。
以前、親父が通っていた開業医の院長先生が
「元気になって頂きたい、そしてまたお会いしたいから、佳くなるようにお祈りしてます。」
その優しい言葉が、どれたけ心に染みたか
気遣い
思い遣り
それが、患者が欲しいものですよ
介護に何の後悔も無かったけど・・・ただ、心残りがあるとしたら、
自分は、成人してから親父と旅行に行った事が無かった...
連れて行きたかったなぁ
一段落ついた介護
今度はゆっくり、自分のメンテナンスに入ります。
まぁ、左半身マヒの障がい者の自分が、よくも25年も介護をやれたもんだなぁ
右肘
額
左脇
介護の傷痕あります。
右肘は大姑に芋壺に突き落とされ、縫えない程ガザガザの切り傷が
額は姑に石を投げつけられ流血
左脇は階段から落ちそうになった舅を庇って肋骨骨折
右手や左頬は、突然キレた親父に食器を投げられ切れたりアザに

介護してると不足の事態により負傷する事も
それでも、看なきゃなりません
でも、後に知りました。
介護は実子に義務がある
って
え、舅姑、実子はほぼしてくれませんでしたよ
ま、親父の介護は出来たんで
ずっと、付き添えたんで...
最後、看取らなかったのは、自分が決めた事でしたから、姉貴も了承してくれて、親父の最後は姉貴が看取ってくれました。
それで良かったのだと思っています。
医療従事者の方々
個人的な我儘です🙇
患者や患者家族から言い出さない限り、
治療止めませんか?
って、言わないで下さい。
余命宣告するなら、まず家族に先に相談して頂きたい。
診察室で「風邪ですね」って、言うような感じで、余命宣告するのも止めて下さい
先生方からすれは、何百、何千と診てきた患者さんの1人でしょうけど、宣告を受ける患者や家族は、それが初めてかも知れないし、とても重い事なんです。
それが堪えきれず、生きる事をあきらめてしまう者も居るんです
人の生命を救う医者が、患者や家族のココロを壊してしまうかもしれない事を、知って欲しいです
〖頑張れ〗
と言う言葉は、大切な言葉ですが、時に、患者には向けるには不適切な時がある・・・
自分は、弟の時、それを後悔しました。
だから、今は、闘病中の人には【頑張れ】は使わないようにしています。
頑張れじゃなくて
踏ん張れなんですよ
その場に踏み止まっても、下がらなければいい
少しずつ、前に歩けばいい
今、苦しい癌治療を受けている方へ・・・
踏ん張って下さい
まだ力が出せないなら、今ある力で踏ん張って下さい。
病気と巧く付き合いながら、いつか、病気を克服出来る日まで
医学進歩も日進月歩
癌治療も進んでいます。
諦めず、治療を続けて下さい。
そして、医療従事者の方々
患者や家族より先に、諦める事を選択しないで下さい
最終決断は、患者と家族に有るのだと、自分は思います。
自分は、いつも、そう思っています