以前見た映画パレードをもう一度視聴する機会があったので、その感想を自己解釈を交えて簡潔に書き記します。
2010年公開の映画で藤原竜也主演です。
あらすじは書きません。 省略します。
思った(受け取った)ことは大きく3つです。
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①
人は思っている以上に人のことを知らない。人は誰でも表には見せない顔があり、隠している部分がある。付き合いのある人間ですらもそのことを知らないケースが多く、たとえ知ったとしても知らないふりをする。
「他人に干渉しない」「自分の居心地が良ければそれでいい」というのが実は人間関係を保つ上で最も良い考えだと言えるのかもしれない。
何でも言い合える仲、互いのことを何でも知り合ってる仲、それこそが居心地の良い間柄であるというのが一般論だが、実は表向きだけで他人と絡むからこそ楽しくいられるのかもしれない。
作品同様、同居人ならなおさらである。
1つの宇宙である「ユニバース」、そして複数の小宇宙が「マルチバース」、同居人5人のことをこの後者として表しているのだと考えると、この直輝の言葉はとても印象深い言葉である。
これは現代社会においての人間関係の希薄化さえも反映しているかのように感じるのだ。ずっと一緒にいる人こそ実は本当の素の自分を見せられないのであろう。
なんだか寂しいようにも感じるがこれを肯定する気にもなる。
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②
印象的なセリフがある。
「あなたがこの世界を抜け出したとしても、そこは一回り大きな、やはりこの世界でしかありません。世界とあなたとの戦いは、世界の方が強いのです」
このセリフは隣人の占い師が直輝を占った際の言葉だ。
恐らく直輝はこの互いに干渉し合わない希薄化した人間関係(世界)が嫌で抜け出したかった。そのため殺人に至った。
しかし、殺人を犯してまでしてもその世界を変えることはできない。
やはり世界の方が強いということである。
みんなに事が知れても知らないふりをして世界の均衡を保とうとする。
世界とは作品中における5人の人間関係のことを指している。
つまりは5人の同居部屋のことだろう。
みんな究極、同居人が通り魔でも表面上普通であればそれでいいのだ。
最後のシーンで4人楽しく旅行の話をしてるときに、殺人から帰ってきて呆然と立ち尽くしてる直輝に放った未来の言葉。
「直輝、あんたも行くよね?」
と睨みながら冷たく言い放ったのは自分の私情(殺人)を持ち込んで仲を壊したりするな、世界(部屋)の均衡を保てと言っているかのようで怖さすら感じた。
他の3人の無表情もまた、まさにそれを物語っているようであった。
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③
この人間関係の均衡の築き方は何もこの作品内においてのみではないと私は思った。
過干渉な相手とは居心地の悪さを感じるといった経験は少なからず誰にでもあるのではないだろうか。
殺人に至っても無干渉というのは極度な話だが、少なくとも直輝以外の4人には自然と共通認識があったということだ。
人間関係というのは、ぞれぞれの私情を深くは交えず、コミュニティ内で足並みを揃える。
マルチバースとはこれに喩えられた言葉だと認識できる。
直輝はユニバーズ的な人間関係でありたいと考えただろうし、世間一般的には、これが支持される。
ちなみに、ここまでの通り、この作品では、人間関係は世界の均衡を保ち、足並みを揃えるべきだということだが、
足並みを揃える。
それはつまり「パレードのようであれ」と言われてるようだ。
タイトルのパレードは、ここに由来しているように感じられる。
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以上が映画パレードを見た私の感想です。
肯定なり否定なり、考え方は多種多様でありますが、人と人との関係性、コミュニティ概念の在り方を視聴者に訴えかけ考えさせる作品です。
では、また。

