皆様こんにちは
お陰さまで風邪も9割方治って参りました
あちこちからお見舞いのメールをありがとうございます
12月14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした日ですね
いわゆる「忠臣蔵の日」です。
見方が変わればいろいろですね
人はその立場立場を守ろうとしますからね
ましてや、時代は武士の時代ですから、
自分が置かれた役割を全うするのが本分って時代ですからね
忠臣蔵の是非は取り敢えず置いといて
何だか気になったので
大石内蔵助さんの分析をしたいと思いました(笑)
大石内蔵助さんは
万治2年1月15日のお生まれ
参考サイトはこちら
和暦数命は元号で観るので、慶應でも元禄でもその元号で観ます
2+1+15→18
「生命数18」のお生まれです
この日にお生まれの方は、コツコツコツコツ努力します。そしてその努力が実る方です。
末尾が「8」の方は人に安心感を与える方多いです
詳しくは今月発売の「ゆほびか1月号」8の方のページ参考に
なので、大石内蔵助さんは多くの方に慕われたのでしょうね。
そして、赤穂浪士の人数は
「四十七士」ですね
47人で討ち入りをしたわけです
ここがとてもポイントです。
神様の御意思は数によってちょいちょい現されます。
最初は討ち入りに参加するぜって赤穂浪士は100名を越えて居たのです。
が、大石内蔵助さんがのらりくらりとして居て、その方達の真意を測って居たら、1人抜け、2人抜けと抜けて行って残ったのが「四十七人」
これは神様が残したとしか言えません
47の数の霊意は
「力を合わせて物事を成す」
です。これが46人だったら、多分討ち入りは失敗していたと思います
討ち入り当日のお天気を分析した記事も発見しましたよ
これによると、13日は曇っていて雪が積もり14日には晴れたそうです
14日は前日の雪が積もった晴れの日だったのです。
この雪が47人の足音を消したそうです。
これも天の采配ですね
天は何故か赤穂浪士の方達にお味方したみたいです
そして
47人中10人が50歳以上と年配者の多い赤穂浪士が、剣客が揃う吉良家の警備隊になぜ太刀打ちできたのでしょう?
赤穂浪士達は「一向二裏(いっこうにうら)」という戦法で戦ったというのです。
一向二裏とは、三人一組で、一人が正面から戦っている隙に、残りの二人が背後に回り込んで攻撃するという戦法です。
と書いて有りました。
作戦も良かったのと、用意周到に準備を怠らなかったことと、そして天がお味方した
と言うわけなのですね
物事を成就するのには、当然段取りと訓練を念入りにしたからと言って、天がお味方しなかったら成すことはならないのですね
そして、大石内蔵助さんの魂は
「らくらく村」
のご出身でした
なので、更にらくらく~と想いが叶ったわけですね
万治2年の魂の村を出すのはなかなか高度な技が必要でした
奇しくも
今日は「腕を上げる日」こちら
ですからね
わたくし腕を磨きました(笑)
生命数18の大石内蔵助さんが47人とチームを組むと
18+47→65
になりまして、この「65」の数の象意は
「人様に愛される」です
なので360年以上たっても、赤穂浪士の皆様は日本人から愛されてるのですね
というわけで、
12/23日のヴォイスプロジェクトさんとのセミナー
「古神道×お金 すごいお金の講座」
定員100名様を越えました
なんと隣のセミナールームも空いてたので、
そこのお借りして定員150名様にして頂きました。
残席「若干名」となりました
来年を良い年にするぜぇーって方は是非ご参加下さいね
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どんどんお申し込み頂いてます
ありがとうございます❤︎
是非皆様ご一緒しましょう
開運合宿(笑)
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中井耀香