不妊、不育の末に生まれた息子は発達障害でした。 -2ページ目

不妊、不育の末に生まれた息子は発達障害でした。

2012年4月生まれのマイペース息子との日々を書いていきたいと思います。息子は2歳で自閉症スペクトラム、4歳で脳性麻痺の疑いがあると診断されています。ちなみにワタクシは元看護師の専業主婦。

どうも、こんにちは。

ゆうごろです。

2歳の時に自閉症スペクトラムと診断された

小学1年生の息子がいます。








昨日は授業参観でした。

普通級の息子、

どれだけ周りに迷惑かけてるんだろうか…

と思いつつ見に行ってきました。



授業中は

発表の際に咳払いチックが少々。

隣の席の子が教科書のどこを開くのか迷っていたら

すかさず教科書を取り上げて開けてあげる。

何やら頑張ってました。

しかし、

私語はしないし

先生に言われなくても授業前に準備して着席してるし

帰りの準備は素早くできてたし

先生からも

「全く何も問題ないです!周りの子が困ってたらお世話までしてくれます!」と。

なによりも

姿勢良く授業に集中出来ていたことに驚きです。

ひらがなプリントを一文字書き忘れたまま先生に提出しに行ってたけれど…

あ、でも、机の中の片付けが出来なくて

というか、本人は片付いているつもり

見兼ねた先生が片付けてくださってましたが。







そして

息子のクラス、

やはり本当に落ち着いています。

ケンカもほとんどないそう。

あっても「ちゃんと並んで〜!」とからしい。

今日六年生のお母さんが

「娘が(ワタクシの息子の)クラスのお手伝いに行く事があるんだけど、

ダントツで静かだと言ってびっくりしてる〜

6年生でもわかるほど落ち着いてるんだね」

と言われました。








今日の授業を見て思うのは

クラスの子ども達がお利口な訳ではなく

先生が上手く子ども達を誘導してくださっているから

と思います。

1時間の授業でやる事も

黒板の端に

「①うた ②おんどく ③ひみつ(謎解きプリントでした) ④ひらがな」

と書いて終わったら消す、と言った具合でされてて

見通しが立つよう具体的に説明してくださってました。

クラスにいる数名の発達障害系の子ども達のためにされてるそうですが

「お陰でクラスみんなが見通しが持てて安心できるみたいです。」

と先生はおっしゃってました。



他にも視覚支援を使ったりタイマーだったり色んな工夫をされてましたし

何より

子ども達の出来ない部分を頑張らせるのではなく

出来る部分に目を向けて認めてくださる姿勢のおかげで

子ども達が安心できて落ち着いてるんだろうなと思いました。

先生、大学院に行ったって言ってたし、特別支援の勉強もされたのかな。無意識であれだけやってたら本当に凄すぎる。









ふと。

そんな

落ち着いた息子のクラスと

お隣のちょっと…オイオイな先生のクラスのカオスな状態を見て

息子が通ってた

小児精神科医の先生の言葉を思い出しました。


「問題行動が出るのは

子どもの特性と環境がマッチしていないから。

環境を変えてあげると

問題行動は消えていく、もしくは問題とならなくなる」

との事。

まさに、

このクラスの状態を見て

改めて、環境って大事だなと思った次第であります。






息子も

ワタクシがイライラしてたり

余裕がなくて適当に返事してたり

急に予想外な事をさせてしまったりすると

自閉傾向が強く出ます。

特に睡眠障害(早朝覚醒)と常同行動(部屋をグルグル歩き回る)は著明です。

困った事をやらかします。




不安なんでしょうね。








大人だって

ギスギスした人間関係の職場で

毎日上司に怒られながら

苦手な仕事をするよりも

信頼できる人と一緒に

認められながら

自分の得意な仕事をしてた方が良いですし。

ストレスフルな仕事してたら

そりゃ心もおかしくなりますよね。








はて。

また話が迷走してますが。



とにかく、環境を整えてあげるって

大事だな

と思いました。

なかなか難しいけれど。。。



どうも、ご無沙汰しております。

ゆうごろです。

皆さま…覚えていらっしゃるでしょうか?

息子、

2歳で自閉症スペクトラムと診断されましたが

小学一年生になりました。

ちなみに、悩んで悩んで病んで(?!)悩み抜いた末、

息子は普通級です。









ふとブログを読み返して気づきましたが

一年も放置してました!

元気です!!










息子、無事に小学生になれました。

普通級ではありますが

担任の先生や補助の先生に恵まれ

落ち着いて過ごせてます。

毎日楽しくて楽しくて仕方なくて

朝5時起床ですゲロー

「ようちえんのことは、もう わすれた」だそう。。。

楽しくて何よりです。

担任もとってもよくて

若いのに

自然とクラス全員に

特別支援的な関わりをして下さり

クラス全体、皆が落ち着いてます。

先生は「無意識でやってましたー」とのことでしたが。

先生、ありがとう。









さて。息子の学校、

県内トップクラスのマンモス校です。

一年生…35人ギチギチの6クラスポーン

一緒に帰ってくる近所の子ですら

名前を把握しきれないほど。

同じ地区の子が49人いるらしい。








どーなることやら。。。

不安でいっぱいだろうな。。。

と思ったら

意外と順応してるようで…。

先日は帰りに見かけた上級生のお姉ちゃんに

「一緒に帰ろう」

と声をかけて一緒に帰ってきたらしい。

顔も名前も知らない初対面だったのに。


昼休みも知らない子と遊んだり

初対面でも果敢に声をかけれるようになったり

マンモス校ならではの恩恵を受けて

成長しております。

恩恵…か……???









一方でワタクシ、

毎日時間が有り余っております。

犬(トイプードル)を飼い始めたので

毎日朝夕それぞれ1時間の散歩をしても

毎日何しよう…状態です。



が、

息子は

ワタクシの仕事形態(月数日)の為

というか人が多すぎて空きがなくて

学校の学童は利用出来ず、

民間学童(もともと英語体操水泳を習ってたところ)へ行くことになり

月曜日、下校後または学校から療育(放デイ)、18時帰宅

火曜日、下校後英語、19時帰宅

水曜日、学校から民間学童

木曜日、学校から民間学童(体操もしてくる)

金曜日、学校から民間学童(水泳もしてくる)




ついでに土曜日、ヤマハ音楽教室

というハードスケジュールでして。

ワタクシは暇で息子に色々してあげたいのに

肝心な息子が不在…

という

なんとも悲しい状態です。

息子が帰ってきたら

ご飯!

ピアノの練習!

歯磨き!

風呂!

明日の準備!

絵本!

さあ寝る!!!


と言った状態で

毎日の足のストレッチやリハビリすら

まともに出来ておらず

日々悶々としております。





ワタクシ、

時間の使い方が下手なのでしょうか???









まぁ

どうでも良いお話になりましたが

息子、おかげさまで元気です。




どうも、こんばんは。
ゆうごろです。
2歳の時に自閉症スペクトラムと診断された
6歳年長の息子がいます。

最近、発達障害の子を持つ
同志ブロガー様達が
アメンバー限定へと変更されてますね。

ワタクシも迷っております。

息子とワタクシや家族の日常を
事細かに
気が向いた時のみ
書いて良いものかと。
その一方で
ワタクシなんかの
拙いブログに
イチャモン付けるような方なんて
そうそういないのに
いたらよっぽどの物好きかと
こっそりと読んでくださってる方
気が向いた時に読んでくださる方
通りすがりで読んでくださる方
読めなくなるのは
ちょっと淋しい気もして。







迷ってますが
とりあえず
今まで通りマイペースに
行こうと思ってます。

何かあったらまた
考えます。

ので
お付き合いくださる方は
どうぞよろしくお願い致します。








さて。
先日低空飛行だと書いた祖父が
一昨日、
亡くなりました。

97歳。
大往生だと思います。




同居してて
大好きだった祖父。
小さい頃
忙しかった両親に代わり
ワタクシを育ててくれた祖父。
手のかかるワタクシを
怒ってばかりの両親から
守ってくれていた祖父。

ご飯も
お風呂も
寝るときも
毎晩皮膚の薬を塗ってくれたのも
祖父と一緒でした。
何なら保育園時代は
両親抜きで旅行にだって行ってました。








一昨日、土曜日の保育参観中、
父からの電話で
祖父が今亡くなったと聞きました。
間に合ったのは
たまたま病院にいた父のみ。
スッと逝ったようです。

その前日金曜日、
夕方お見舞いに行きましたが
心電図の波形と不随意運動が
なんとなく気になって。
母と姉に
気になる、
いよいよかな
と連絡してました。





わかってはいたのですが、
やはり
看取れなかった後悔は残ります。








そんな祖父なので
直ぐに病院に駆けつけて
霊安室からお見送り、
葬儀場での仮通夜
本通夜、火葬、葬儀
全てを含め
この3日間は出来るだけ
祖父の側にいました。
何ならオットは線香番で葬儀場に宿泊しました…







その中で
息子が曽祖父に手紙を書きたい
と言ったので
書かせたところ…

「おおじいちゃんへ
おぼえておくよ
みなとより」

と…。

出棺の際に一枚だけ入れられた
この手紙を見た母は
一切泣かなかったけれど
これを見た時だけは泣いた
と言ってました。





そして、
午前中火葬が終わり
午後の葬儀の終盤。

お経が終わり
弔電の読み上げの最中、
息子が突然、ワタクシの方を見ました。
涙目で!!!
そのあとは
嗚咽をあげながら泣き、
「おおじいが いなくなるのが さびしい。」
との事。。。



その後しばらく
葬儀が終わっても
抱っこで泣いたり
泣き止んでも
曽祖父の遺影を見ては泣き出し…
というのを繰り返していました。
精進上げで刺身食べ始めたらすっかり泣かなくなりましたが…






さらには
自宅に帰って来てからは
「おおじいが きたときに たべれる ように」
自分が食べていたビスケットを
寝る前に皿に乗せ
枕元に置いておりました。
誰が教えた訳でもないのに。。。








人にあまり興味がなさそうな息子。
が!
こんな風に
だれよりも
曽祖父を偲ぶ事に
正直驚かされました。

感性豊か過ぎる
敏感すぎる
この感覚が
息子にそうさせるのか?







わかりませんが…
決して悪いことではないし
この息子の優しい気持ちは
大切に育てて行けたら…
と思います。