年子母の気ままな日常 -3ページ目

一日入所

昨日、実家から一時的に戻りました。


今日は4月から入る保育園の説明会でした。


子供たちは

意味のわからないながらも楽しみにしていて

新しく買った上履きを昨日からずっと抱えてました。

何の変哲もないバレーシューズなんですけどね。



本当は保育園の前で

写真を一枚パチリといきたかったんだけど

今日は外は猛吹雪。

真横から雪がふきつけてくるような感じで

とてもとてもそんなの無理でした。



到着した家庭から個人面談があり

全員揃ったところで

入所してからの説明。

主に持ち物の説明でした。


手作りしなきゃいけないものたくさんありました。

やっぱり?

去年からクローゼットに入れたままの

ミシンを出さないと。


ダンナと子供たちと4人で行ったので

途中でジュニ子が「おしっこ~」となったときも

あわてずにすみました。



さすが田舎というか

たった20組くらいの大人の中に

ダンナの同級生が3人もいました。


一人は3人の子持ちママ。

夫婦ともにダンナとは知り合いらしいです。

(仲良くなれるといいな)


一人は奥さんの付き添いで来ていた男の人。


もう一人は

私もどこかで見たことがあるな~、と思ったら

なんとつい何ヶ月か前に

ジュニ子とジュニ子妹の髪を切ってくれた美容師さん。


説明会のあとに

簡単な歓迎会というかお遊戯会があったのですが

ひな壇に立っている子の中にも

ダンナの知っている顔があったらしく

「あの子、たぶん姉ちゃんの同級生の子供だ…」

だって。


どんだけ世間が狭いんだろう。



ジュニ子は説明会の途中では飽きてしまって

帰りたいなんて言ってましたが

家に帰ってきてから

「おもしろかった? 保育園行きたい?」

って聞くと、「うん!」だって。



不安もあるけれど楽しみです。




年子母の気ままな日常-2月21日 おみやげ



もらったお土産。


写真はジュニ子妹です。

産まれたときの面影は全くありません。

2年間

ブログを放置していた間の

だいたいの生活を書いてみると…。



2006年12月 退職

2007年1月  ジュニ子妹誕生

2007年4月  義実家に同居開始

(結婚時に義家族と共同で建てた新築にあとから入る形で)


しばらくの間、専業主婦として二人の育児と家事に専念


2008年11月 三人目妊娠発覚

2009年12月 家庭教師のバイトを始める

(出産時期だけお休みをもらいます)

2009年2月  子供たちの保育園申請が通る

2009年7月  出産(予定)



同居開始から1年間は

生活になじめずやさぐれてみたり。

同居生活については

これからたくさん語る機会があると思うので

またおいおいということで。


けっこう田舎なんですけど

結果的に田舎暮らしはけっこう好きになり

なんだかんだで専業主婦を続けました。


料理嫌いだった私が

郷土料理作りなんかにハマったり

果実酒を漬けてみたり

梅干を作ってみたり(見事に失敗)。


修行(?)のおかげか

家事レベルは以前に比べれば格段にアップしたと思います。

(あくまで当人比)


もともと凝り性だから

せっかくの専業主婦期間ということで

素人なりにいろいろやってみたりしました。

段ボールコンポストとかプランター菜園とか。

庭に畑があるので

義家族がやらなくなったら私がやろうかな、なんて。



実家とは車で1時間半ほどの距離なのですが

私は頻繁に2週間~1ヶ月に1回の割合で

子供達を連れて一泊の里帰りをしていました。


現在はつわりが落ち着くまで

実家で生活しています。



以前ブログを更新していた時とは

状況も何もかも変わってしまい

私自身もすっごく変わったと思います。

趣味や、もしかして性格まで!


起業したいとか言っていた私が

田舎で郷土料理を作って

将来は自給自足生活もいいかも、なんてことまで

考えることもあるくらいです。


同居して強くも図々しくもなりました。


私自身は愚痴もあるけれど

子供たちにはけっこういい環境かなと思っています。


以前との違いに驚かれることも多いと思いますが

読んでくださる方

これからよろしくお願いします☆

170g

現在の赤ちゃんの大きさだそうです。

手のひらにすっぽりおさまるくらいだそう。


胎児の3D映像は

何度見てもおもしろい。

すっかり人間の形になってました。

なのに170gって!


母はすでに4kg増えてるんですけどね。

食べづわりが終わって

とりあえずほっとしています。

設定

放置していた間に

いろんな機能も追加されていたのですね。


とりあえず私はブログしか使えないので

ルームとかネタとかは

覚えてからにしようっと…。


いろいろいじくってたら

よくわからなくなっちゃいました。

コメントも承認制とかになっていて

まずはそれをはずしました。

14日のコメントの承認が遅れてしまいました。

ごめんなさい。


プロフィールの写真とかも

変えないとなあ。

メッセージを変更

ずいぶん放置しまくったので

ブログの写真もプロフィールも

大分変わってしまいました。


ブログに懲りすぎても

また面倒になって放置する気がするので

これからはシンプルに。



これまでのメッセージ。



あすかです。

平成17年5月7日産まれと、平成19年1月16日産まれの、姉妹の成長ぶりをつづっています。


子供がいても、好きなことすればいい!

と、仕事や趣味にばく進し、また独立に向けた活動をしてきましたが、

二人目を妊娠してから、ほとんど育児にシフトしています。

このまま勢いで三人目までいっちゃおうかな。


かなりの不定期更新となってます。。


11/29


ジュニ子です☆



1/20


ジュニ子妹です☆(名前は考え中・・・)


読者登録をいったんリセットしてしまいました。

理由はこちらです。 →H18年12月15日更新



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚



上の写真もすでに2年前ですね。

現在の二人の顔は、

ジュニ子の顔は面影が残ってますが

ジュニ子2なんて見る影もないかも…。

まるで別人で

写真をアップしたらびっくりされるかもしれません。


いずれまた写真をアップしたいです。

ブログ復帰

二年近く放置してましたが

復帰してみようかと。


またいつまで続くか分からないけれど

細々と近況報告してみます。


読者の皆さんのブログには

暇があるとお邪魔してました。


もしよかったらまた絡んでくださいね。



ジュニ子は3歳半。

ジュニ子2は2歳になりました。



ジュニ子2の出産後から

義実家に同居しているのですが

これがまた大変で。


一言で言い尽くせないくらい

いろいろありましたが

現在は実家に帰省しています。


別に家出したわけではなく(笑)


実は私。

三人目を妊娠中です。

つわりがひどくて

今は実家にお世話になっています。

妊娠五ヶ月が目前なので

つわりも終わりかけではありますが…。

二、三月いっぱい

実家で生活する予定です。



仕事もしたいし

いろいろとやりたいこともあったけれど

とりあえずは子供たちとのんびり生活して

専業主婦生活も二年を過ぎてしまいました。


四月からは二人の子供たちは保育園。


七月には三人目を出産予定。


落ち着いたら仕事を始めたいな。


そんな感じで

元気で生活しています!

元気です

まだまだ生活に余裕がなくて

復活には程遠いけど、

たまに近況報告など。

・・・って、果たして誰か見てくれるのか!?



ジュニ子です。ずいぶん成長しました。


メガネ~


毎日メガネをとられます。

コンタクトできない体質なのが恨めしい 。(´д`lll)


毎日、歌って踊ってます。

トイレトレも進行中だったり。



ジュニ子2です。

ブログでの呼び名すら決まってない不憫な方です。


おすわり

最近はこうやって遊んでます。

つかまり立ちももうすぐかな?

おっぱい命です。

ヨダレがすごいです。

離乳食は面倒なので適当です。



ダンナ実家に同居して4ヶ月がたった。


田舎の専業主婦の大変さを痛感。

3ヶ月は無我夢中で過ごした。

最初のうちはつらくてダンナとも言い争いをした。

でも今月に入って、ようやく慣れてきた。

一言では語りつくせないほどいろいろあったけど

生活が軌道に乗り始めている。


子供達の成長が励みになるとはいえ、

年子の育児はなかなか大変。

ジュニ子は魔の反抗期だし、

ジュニ子2はおとなしい方だけど抱っこラッシュ。


ジュニ子のトイレトレ、ヒステリー、

ジュニ子2の離乳食、夜泣き、

子供二人連れの買い物、毎食の支度、

嫁としての仕事、いろいろもろもろ。


日記を書けば愚痴になるばかりだったので

ここは放置しっぱなし。


しかもこの家、エアコンがないのよ (ノДT)

暑いんじゃあ。



子供たちの笑顔で励みになることもあるけど

ほとんど泣かされてばかり。


私がトイレから戻ってくれば

ジュニ子がジュニ子2からおもちゃを取り上げて

「これジュニ子の! あぷ!」

とか怒ってるし。

姉妹が仲良くしてる姿を見られるのは

もう少し先のことのよう。


同居とはいえ、

みんな身体が弱いので育児にはほぼノータッチ。

ちなみに4世代同居なのですよ。


本来ズボラなので、

だんだん手を抜きつつもがんばってる。


精神的にも肉体的にも鍛えられたと思う。

ダンナも協力的。


でも圧倒的に時間が足りない。

要領よくとかそういう次元の話じゃない。

きっと自分が二人いても足りない。



ストレスがたまってるからか

母乳なのに体重が減らない。

スイスロール1個とかドカ食いしてれば当たり前だよな。

妊娠前まであと1キロ。

欲を言えばあと3キロ。

というわけで知り合いから借りて

いよいよ入隊するのです。 え? 遅い?



久々の更新なのですが

ジュニ子が昼寝から起きてきたのでこのへんで。

ではでは。

産後1ヶ月

はやいもので、第二子を出産して1ヶ月が経ってしまいました。


出産時に2920gだったジュニ子妹も、

まもなく4000gというところまで、まるまる太ってくれました。



2/17

丸くなった?



ジュニ子はいつものとおりです。

髪が伸びてきたので切ってあげたいな。

そして、驚くほどのスピードで言葉を習得中です。

ま、一日のうちの8割が、

「イヤイヤ~! あぷ~!」

と、イヤイヤ期全開ですが。

ジュニ子のイヤイヤ期到来は早くて、1歳半にはこんな感じでした。

私の妊娠からはじまったので、

もし私が妊娠していなかったらどうなのかはわかりませんが、

今はとにかくヤキモチばかりやいてます。

できるだけ甘えさせてやってはいるんですがね。



1/26

ヤキモチは焼きますが、妹のことは大好きなんです。

「あかちゃ」と言いながら、私がやるように頭をなでなで。

力加減ができないので、ときどき見ていてコワイですが。



ジュニ子妹の育児に関しては、

ジュニ子のときの反省を生かし、完全母乳でがんばってます。


ジュニ子のときは、母乳自体はそれなりに出ていたのだけど、

乳首に吸い付けなかったり、左右で母乳の出がぜんぜん違ったり、

いろいろ心配事も多かったのですが、

今回は、出が悪い方のおっぱいを優先的に吸わせたりして、

ようやく軌道に乗ってきました。

ジュニ子より夜の授乳回数は多いのが悩みですが、

あと数ヶ月のこと、とわりきってがんばります。



現在の生活のリズムに、体はようやく慣れたのだけど、

やっぱり大変ですね 泣き2


具体的には、ジュニ子のゴジラぶりと、

夜泣きの大合唱が・・・。

そしてやっぱり何より、時間が足りない。

私が三人欲しい。

ジュニ子用、ジュニ子妹用、家事用、とかね。

欲を言えば趣味用にもう一人。



日中は、何とか時間をひねり出して家事します。


掃除なんかは相変わらず手抜きですが、

(それどころかダンナにお任せモード)

今回の産休は、とにかく料理に凝ってます。

凝ってるっていっても、別にたいした物は作りません。

自分が作ったことがなくて、簡単に出来る料理に、

どんどん挑戦したりしてます。

あんなに面倒だった料理にとりくんでるのは、

ジュニ子が青野菜嫌いだからです・・・。


この野菜嫌いに関しては後日に記事にするので、

アドバイスいただけたら幸いです (;^_^A



産後1ヶ月たっても大変なのは、やっぱり一番は夜かな。

ジュニ子妹の「おっぱいくれ」泣きなんて、かわいいもんで。

泣き声も小さいので、授乳モードになってる私しか起きない。

でも、ジュニ子にはママセンサーでもついてるのか、

泣き声では起きないくせに、私が隣を離れると、

とたんに起きてくる。

ふだん私を足げにして寝てるのは、

やっぱり私の存在の確認のためらしい。


それでも、真っ暗なら、私がすぐにジュニ子のところに戻り、

背中をトントンしたりすれば寝てくれる。

みんなが寝てる部屋は暖房で温かいので、

もちろんそこで授乳もオムツ替えもする。
ベビーベッドの近くに灯りを置いているのだけど、

それが灯っているところにジュニ子が起きてくると、もうダメ。

私が妹を抱っこしているところを見つけて、大泣きの始まり。

朝方になるともっとタチが悪く、そこから寝ない。


哀れジュニ子妹は、授乳をハンパにされてベッドに置かれる。

でも、最初の段階でジュニ子を泣きやませないと、

すぐにとんでもない大泣きにエスカレートするものだから・・・。

ジュニ子妹も泣いて合唱になったら、ダンナ登場。


退院してすぐの頃は、夜泣きに毎日付き合わされていたダンナ。

ジュニ子の泣き声で寝るどころではないので。

仕事してるダンナがかわいそうだけど、しばらく耐えてもらわないと。


私の生活リズムは今のところ変則的。


私は夜の9時の段階で子供たちと一緒に眠り、

一度目の夜中の授乳を終えたらまた眠り、

次の朝型の授乳に起こされたところで、もうそのまま起きてることにした。

だいたい午前0~1時頃と、3~4時頃の2回ほど起こされるので、

3~4時の授乳の時間になったら、もう寝ないことにしてる。

そこで部屋を片付けたり、家事をしたりしてる。


というのも、夜の9時の段階で子供の寝かしつけ・・・というのは、

あくまで希望で、ほとんどそのとおりにはならない。

ジュニ子私が妹に授乳してると猛烈にヤキモチを焼くので

ジュニ子妹も眠れない。

産後1ヶ月たってるのにね・・・。なかなか慣れてくれません。

寝かしつけを始めるのは8時台なのに、

終わってみれば11~0時なんてことがザラにある。

本来なら寝かしつけのあとに、いろいろ仕事がたまってるので、

これでは何もできない。

というわけで早朝にするしかない。


私はなぜか、子供が起きている時間には上手に家事をこなせないので、

寝てくれているときでないとダメなのです。

とにかく、ヤキモチジュニ子に手がかかります。

これはジュニ子の気質なのか、時期的なものなのか・・・。

全てのことよりジュニ子を最優先にしてるのに、一日に何度も大泣きされます。

むしろ甘やかしすぎなのかな・・・。

料理をしているときは、食べられると思うからなのか、

わりとおとなしくしてくれるジュニ子ですが、

それ以外の家事はほとんどできません。



朝の6時を過ぎたらジュニ子が自然に起きてくるので、

そこからは朝ご飯を食べたり用意をしたり。


私、産後は睡眠時間が少なくても平気になるタチのようで、

現在は細切れな睡眠時間を足して

4~5時間が平均といったところでしょうか。

つわりのときは10時間も寝てたんだから、えらい違い。

上手に昼寝したりすればいいんだろうけど、

そんな時間があるなら自分のことがしたい!

と欲張ってしまうんですよね・・・。



毎日がめまぐるしく過ぎていきます。

寒いしインフルエンザも流行ってるので、

外出もあまりしないからか、季節感もあまりありません。
北国なので、例年なら銀世界のはずなのに、

今年は暖冬で景色も冬らしくないですしね。



無事に一ヶ月検診も終わりました。

この季節に湯船に入れないのはつらかった~!


明日はお宮参りの予定です。

ダンナ実家の地域の神社に行く予定なので、

家族4人での初の遠出です。


ジュニ子妹は、ジュニ子から風邪をもらい、

少し咳をしちゃってます。

新生児だったから、気温とか湿度とか、とても気にして、

私もうがい手洗い気をつけて、体調は崩さないように

がんばって予防してたのに、

ジュニ子からの感染力は強力・・・。


兄弟の風邪はとてもうつりやすいようです。

ジュニ子に、保育園から病気をもらってくるなと言っても

わかるわけもないし。


月齢1ヶ月にもならない赤ちゃんが咳をしていると、

何だか弱々しくてものすご~く心配。


でも、この日を楽しみにしているダンナ両親のためにも、

行かないわけにはいかず。

明日はよくなっているといいな。

咳はするものの、他の症状はなく、

機嫌もいいしおっぱいもよく飲むし、大丈夫でしょう。



ジュニ子妹、さっそくオムツの新生児サイズが小さくなってしまいました。

太ももに赤いラインができてしまうので、そろそろサイズアップです。

たくましくなったなあ。

出産ドキュメント

妊娠中のことは、今となってはなつかしい出来事のよう。


今回は、軽く妊娠時期のことをふれて、

あとは今回の出産のことを書きました。

かなり長文なのでご容赦を・・・ (゚ー゚;



妊娠初期はつわりに悩まされ、

ジュニ子にさびしい思いをさせてしまった。

私の変化を感じてますます甘えっ子になったので、

何でもっと構ってあげられなかったのかと、

今でも悔やまれるところ。


妊娠して、確実にそれを感じ取っていたジュニ子。

マタニティデビューもまだだった頃、

はやめに保育士さんに妊娠報告をしたら、

「やっぱり~。みんなともそうじゃないかって喋ってたんですよ」

だって。

独特の行動があるらしい。

子供をたくさん見ている保育士さんにはわかるようだ。

1歳になったばかりのジュニ子が何を感じ取ったのか、

とても不思議な出来事だった。



わりと平穏だった妊娠中期。

一人目妊娠のときほどの恐ろしい食欲はなかったものの、

それでも体重は着々と増えた。

悩みがそれくらいだったってことなので、

生活はとても安定していた。

ジュニ子やダンナともいっぱい過ごしたし、

仕事をしていたので、生活リズムが整っていた。



後期は悩み事が尽きなかった。

切迫早産、羊水過少などで、安静を言い渡されていたけど、

上の子が小さいと、そんなのは無理な相談。

でも何とか産休に入り、また生活は落ち着いた。

臨月には、自分の体の重さとジュニ子の重さで

いろんな筋肉や関節が悲鳴を上げていたけど。



さて、

陣痛が始まってから出産までのこと。


予定日一週間前の1月15日。


その日はダンナが休みだった。

なので通常なら保育園もお休みするところだけど、

出産前に、どうしても部屋の片付けや家具の配置換えを

終わらせておきたかったので、ジュニ子は保育園へ。

この日、保育園へやりたかった理由はもう一つあって、

「初、お弁当の日」だったからでもある。

それまでは給食を食べていたジュニ子だけど、

今度から、月に1回、お弁当デーというものがはじまった。

なので、前日には練習も重ね、当日には早起きして弁当を作った。


この日は朝からパタパタ動いていた。

昼間は、部屋の片付けと掃除。

終わらせといてよかった。

なんとこの日の夜、出産になるなんて思いもしなかったわけで。


ジュニ子が保育園にいるのをいいことに、

片づけが終わってから、ダンナと二人で昼寝をした。

出産で徹夜になったわけなので、この昼寝のおかげで

ダンナはとても助かったようだ(笑)


関係があるかどうかはわからないが、

この日は久しぶりに下痢をした。

腸が押されていた・・・ってことではないのかな?

前日には、奇妙な吐き気にも襲われていた。

赤ちゃんが下がってきているのなら、

むしろ胃の辺りはすっきりするという話だけど・・・。

普段の体調ではなかったということだけは言える。


陣痛が始まったのは夜の7時半頃。

ジュニ子にご飯を食べさせ終わり、

そろそろお風呂、という時間だった。


いつものように食事中に遊び始めたジュニ子を

なだめながら抱っこしていたとき、

突然痛みはやってきた。


それまでも切迫早産と診断されてから、

定期的にお腹の張りはあったり、

前駆陣痛らしきものはあったけれど、

それらはせいぜい「強い張り」程度だったので、

明らかに違うことがわかった。


ジュニ子を抱っこしたとたん、

その衝撃でお腹がぐっと下がったような感覚があったのを覚えてる。

骨盤に赤んぼの頭がハマった感覚なのかな~なんて、

今となっては思う。


その直後、お通じもあったのだけど、

強いお腹の張りは、それとは違うものだということはわかった。

痛みを伴う張りが一度きてからは、あれよあれよという感じだった。


何か違う、と思ったとたんに、行動開始。

産院に連絡を入れれば、即入院になると思ったので、

とりあえずはいろいろ準備することにした。


ダンナがジュニ子をお風呂に入れている間、

入院準備品を母から車に運んでもらい、

私は、次の日のジュニ子の保育園の準備。

連絡ノートを書いたり、着替えやオムツを用意したり。

私がいない間のジュニ子のことは、

母にメモ書いて指示していたので、再確認。

(ダンナもいるから日常生活は大丈夫なんだけど)

部屋は幸いにも、この日の昼に片付いていたので、

ささっと見えるところだけ最後に少し整理した。

私の留守中にダンナ両親も上がる部屋だから、

気を抜けない。


ダンナとジュニ子がお風呂から上がってきた。

私は、自分がしばら入れないことがわかっていたので、

なんとかお風呂にも入った。

前日の夜から入っていなかったわけなので、

そのままお産に直行する気にはなれなかった。


陣痛はすでに10分間隔くらいになっていた。

でも、まだ生理痛の強いの程度。持続時間も短い。

動いていると、どんどん陣痛の感覚が狭まっていくけど、

さっさと産んじゃいたかったので、

むしろがんがん動いた。


お風呂に入ると、寒いからか、頻繁に痛みが来た。

入浴時間が15分ほどだったと思うけど、

その間に痛みは4回ほど来ていた。

髪を洗うかどうか迷ったけど、意地で洗った。

さすがにちゃんと乾かす時間まではなかった。

最後に湯船につかったら、ふっと陣痛が和らいだ。

生理痛のときも、カイロ張ったり、暖かいお風呂に入ると

痛みが消えたっけ。

水中出産なんていいなあ、と、このときチラッと思ったっけ。

体を温めると陣痛も和らぐって事実が、なんとなく新発見だった。


ともあれ、悠長にしている暇はないので、

すぐに部屋に戻った。

ひっつめ頭にノーメイク、パジャマにサンダルという姿。

夜中だし、入院しちゃえば着替えさせられるしね。


ダンナとジュニ子がいる横で、やっと産院に電話。

横で騒ぐジュニ子の大声に、看護婦さんの声も聞きづらかった。


名前や、陣痛の感覚や、予定日、経産か、

破水しているかしてないかなどを聞かれた。

住んでいる地域と、病院に何分くらいで来れそうかということも聞かれた。

「じゃあすぐ来てくださ~い」

とのこと。

どうでもいいけど、看護婦さんの声がやけに淡々としていて、

なんだか調子が狂う。

こっちは痛みで一大事だけど、

産院では一日に何度もお産があるわけだから、

当然なのかなあ。

ともあれ、すぐ来てくださいといわれたので、

お風呂に入っといてよかった、と思った。


どうせお産が夜にはじまるのなら、

ジュニ子を寝かしつけてからがよかったのだけど、

さすがにそううまくはいかないね。

ジュニ子のときは、朝起きてすぐに陣痛が始まったんだっけ。

ホント、突然はじまる。


ジュニ子を寝かしつけてから行こうと思い、

電気を消して添い寝をしてみるも、

いつもと雰囲気が違うことを察してか、全く寝る気配はない。

でも、電気を消してそ~っと部屋を出た。

私の身代わりに母親を置いてきたわけだけど、

ドアを閉めて外に出てから、

「まま~・・・」って声が聞こえたような。

でもタイムリミット。

産院に電話をしてからさすがに30分たっていたので、

後ろ髪を引かれつつ家を出て、車に乗り込んだ。


ジュニ子のときもだったけど、

少しゆっくりしていると、陣痛が遠のいてしまう。

車の中で、

このまま陣痛がなくなってしまったら、

病院に行ってもヒンシュクもんだよなあ、

なんていらない心配をしていた。

痛みも、まだそれほど強まってはいなかった。


病院に着いた。

この時点で夜の9時をまわっていた。


守衛さんにとりついでもらい、

誰もいない待合室で院長を待つ。


よぼよぼの院長がやってきて、診察開始。

超音波と内診。


子宮口が3cm開いているとのこと。


ジュニ子のときも、子宮口が3cm開いた段階での入院だった。

しかしジュニ子のときと違い、

おしるしも破水もなくて陣痛がきたので、

なんだか半信半疑だった。

でも3cmも開いてれば、ここで帰されるってことはないだろうと、

とりあえずほっとしたところで、

じゃあ入院しましょうか、ということでLDRに案内された。


2回目の余裕か、

ダンナと「今回は違う部屋だね~」なんて話しながら

(この産院にはLDRが二つある)

(LDR:陣痛→分娩→回復が全て同じ部屋で行われるってやつ?)

着替えて、悠々と過ごしていた。


産院についてからも、1回お通じがあり。

あとは産むだけ、と腹も据わった。


ジュニ子のときは、ここからが長かった。

朝イチで入院して、

子宮口が8cm開くまでには半日くらいかかったっけ。

歩いて散歩したり、階段を上り下りしたりして

お産が進むようにがんばってたっけ。


今回も、どれくらい時間がかかるかわからなかったので、

のんびり過ごすことにした。


分娩監視装置? ってやつをつけられて、お腹の張りを見ると、

横になっているからか、10~15分間隔になってしまった陣痛。


でも、さすがに生理痛とは言えないくらい、痛みは強くなってきていた。


ダンナも慣れたもんで、てきぱきと荷物を運び入れて、

あとはヒマをもてあましていた。

雑誌でも持って来ればよかったんじゃない、というと、

そうだねえ・・・と言っていた。


陣痛がだんだん強まったとはいえ、10分も間があく上、

30秒~1分もすれば痛みは完全に消える。


今回は、余計な力を入れずにリラックスしよう、と意識していたので、

痛みに集中せずにすんだ。


ダンナにおにぎりを買いにいってもらったりした。


我が家では、今回も含めて、ダンナは最初から最後まで立会い。

前回は朝から陣痛が始まり、今回は夜。

どちらも、陣痛が始まったときにダンナがそばにいたので、

入院もスムーズだったのはよかったと思ってる。

前回は陣痛の間もダンナがそばにいないと

不安でしょうがなかったけど、

今回は、この時点ではまだ、

「一人でも余裕で産めるかも」

くらい気楽な感じだった。


確かにダンナはそばにいれば心強いけど、

実際に何かをしてくれるわけじゃないからね(笑)


前回は腰をさすったりしてもらったけど、

実は今回は、この時点からほとんど、

ずっとベッドにしばりつけられっぱなしだったので、

(あとで一度トイレにたっただけ)

ダンナには陣痛の強いときに手を握ってもらっていただけだった。


夜10時頃。


ダンナにおにぎりを買ってきてもらったものの、

別にこのときはお腹はすいてなかった。

長期戦になったときとかのため用だったので、

とりあえずはちょびちょび飲み物だけを飲んで、

ひたすらお産が進むのを待った。


陣痛が5~10分間隔なのは変わらず。

ってことは1時間に6回くらいしか痛みがこないわけなので、

多少痛みが強くても、

まだまだ余裕、って感じ。


点滴のぶっとい針を刺され、

麻酔があうかどうか、チェックする注射もされた。


最後のトイレも済ませた。

分娩監視装置には、胎児の心音と、お腹の張りが数値で出るんだけど、

お腹が張ってくると、お腹の張りの数値が上がって、

吐き出されてくる紙に、グラフの山ができる。

お腹の張りの強さと痛みの強さには

ある程度の相関関係があるようだけど、

必ずしも一致してるわけじゃなさそうだったので、

途中から見るのをやめた。

じゃないと、

「今のはどれくらいの張りの強さだったのかな~」

なんて、いちいち気になって仕方がなかった。

お腹がだんだん痛くなってきていたわりには、

その装置の張りの強さの数値が上がってくる、

ってわけでもないようだった。


夜の11時。


気持ち的には、まだまだ、って感じ。余裕があった。


しかし、診察してみると

(これけっこう痛いよね)

子宮口は5~6cm開いてきていた。

お産は進んでますね、と言われたけど、不思議な感覚だった。

前回は、6cm開くまでに、けっこうへとへとだったはず。

陣痛の波、間隔はあまり変わらなかった。

でも、少しずつ痛みは増していたかな?

「痛みは強くなってますか?]

ときかれて、首をかしげながらも、

「たぶん・・・」

と答えた。


ずっとあおむけで、装置をつけられていたので動けなかった。

ここらで一回起き上がりたいな、とも思っていたのだけど、

結局、産むまでそのままだった。

お腹の下に敷く、防水シーツや脱脂綿もスタンバイ。

ダンナも隣にスタンバイ。


もう一つのLDRでもお産が入っていたようで、

看護婦さんがぱたぱた動いている。

でもその人は初産婦で、私は経産婦。

私の方があとから入院したけど、

経産だから産まれるのが先だろうということで、

「先に準備しちゃいますね」

と、ベッドが分娩台に早変わり。

こうなると、もう身動きは取れない。

台に足を乗せ、カバーをかけられた。

このときも、

「自分で足乗せられますか」

とか、

「体ずらせますか」

と、いちいち気を使ってくれたけど、

まだ余裕。

だってまだ陣痛も5分間隔なんだもの。


ライトを当てられ、

看護婦さんではなく助産師さんが出入りし始めた。


痛みは強くなってきていたけど、

しきりに痛いわけじゃないから、まだまだ耐えられる。


むしろ、これからどれだけ痛くなるんだろうかと

先の心配ばかりしていた。


痛みの逃し方を、とくに勉強したりしたわけじゃないけど、

前回よりも上手に逃せたと思う。

この産院ではソフロロジー法での出産だったので、

ひたすら深呼吸っぽいことをするだけ。

息をすっと吸って、痛みに合わせて息を長~く吐く。それだけ。

力を抜いて、お腹の痛みに集中せず、

足とか肩とかを意識するようにした。

なんたって痛いのはお腹だけなので、

例えば肩辺りを意識してみると、

当たり前だけどその部分は痛くないわけで。

書くのは簡単だけど、これがなかなか難しい。

一人目のときは全然出来なかった。

今回も上手だとはいえなかったかもしれないけど、

前回に比べたら段違いにラクだったし、うまくできたと思う。


そんなうちに子宮口は8cm開いた。

お尻の辺りに、何か重いものが当たる感覚があった。

便秘のときのような(笑)

これが赤ちゃんの頭だったんだと思う。


ここからが、ちょっと辛抱だった。

なかなか8cmからが進まない。

陣痛は3~5分間隔だったけど、

10分近くあくこともあった。

とても長く感じたけど、30~1時間のことだったと思う。


でもまだ冷静だった。

助産師さんと和やかに話をする余裕があった。

話をしていて、痛みがきて、

「きたきた~」

って言いながら痛みに耐えて、痛みの波が引いたあと、

また話をし始めたり。

助産師さんが、膣の入り口を手でお尻の側にぐっと開いてくれると、

陣痛が少し和らいだ。


隣の部屋の初産婦さんが、出産間近になってきたようで、

院長はそちらにかかりきり、

助産師さんも行ったり来たりだったので、

私はけっこう放置プレーだった。

でもまだまだ産まれないと思ったし、

痛みにも余裕があったので、ダンナと話をして過ごした。


でもさすがに、痛みを耐えるときの顔はすごい形相だったと思う・・・。


そんなことをしているうちに、0時をまわってしまった。


あとどれくらいで産まれるんだろうと思って

助産師さんにきいてみると、

「破水すればすぐなんだけどね」

といわれた。

破水したら何分くらいなのかきいてみると、

10分くらいだよ、と。

まだ子宮口は8cmのまま。

そんなもんで産まれるのか、と逆にびっくりした。


でもなかなか破水しない。

破水すると痛みが急激に強まることもわかっていたので、

破水して欲しくないような、でもさっさとして欲しいような、

じれったい間隔で30分ほど過ごした。


隣のLDRから、赤ちゃんの産声が聞こえてきた。

私の方が先だろうと言われてただけに焦ったけど、まもなくだ。


そうこうしているうちに、痛みも強まって、

ようやく「いきみたい」感じってのがやってきた。

陣痛が高まってくると、自然にお尻あたりに力が入る。

ジュニ子のとき、この「いきみたい」って感じがあまりなくて、

力任せにいきんでたら、そのせいか産後に痔になったりしたっけ (ノДT)

だから今回は助産師さんにも、

「いきみたいって、あんまりわかんないんですけど・・・」

なんて言ってたんだけど、

自然とそういう瞬間は訪れた。


何にも知らなくても、赤ちゃんって産めるんだろうなあ。

すごく不思議。


「完全に開くまでいきまない方がいいんですよね」

なんて聞いたら、そうだと言われたけど、

自然にいきんでしまって、

でもそうしたら、すぐに子宮口は全開に。


それでも破水しない。

羊膜が丈夫ね、って言われた。

もう袋が出てきてる状態で、助産師さんが、

「顔にばしゃっとかかりそうな感じだね」

(破水の瞬間、羊水が飛び散りそうなくらい圧迫されていたらしい)

「ホラホラ旦那さん、みてみて、この膜が」

とかいって、ダンナに見せていた。


やめて~!

グロい部分は見られたくないから、

ダンナには自分の頭の方にいてもらって、

出てくるところはあまり見ないでね、と言っておいたんだけど、

ダンナも、助産師さんに「見てみて」なんて言われたもんだから、

見ざるを得ないという感じだった。

「ホントだ」なんて言っていた。


2回ほどいきんだら、やっと破水した。


汗だくで、ダンナがガーゼで顔を拭いてくれていた。

涙も出てた気がするけど、痛くて泣いてたわけじゃなくて、

汗が出るのと同じ感じで、力を入れて自然に流れていた感じ。

それにしても、ジュニ子のときのように、

いきんだときにう○ちまで出なくてよかった(笑)

あんまり笑い事じゃないか。

ここからが正念場。

そこからはさすがにほとんど記憶がない。


でも、陣痛は絶え間ない、というほどではなく、

合間に息を整えて休むくらいの余裕はあった。

力抜いて、といわれるので、

お尻やお腹に入っている力をすっと抜いて休んで、

次の陣痛に耐えていた。

呼吸は、「上手だよ」と助産師さんにほめてもらった。

ほめられると、やる気がわいてくるよね。


陣痛そのものは、今思うと、

一人目よりは全然ラクだった気がする。

もっと痛くなるだろう、もっとつらいだろう、

と思う前に産まれた、というのが実際のところ。


そこから3回ほどいきんで、

赤ちゃんの頭が出てきて、

そこでやっと院長が登場。


会陰切開の麻酔をされる。

切ったのは全然わからなかった。


ダンナも、「もう少しだよ」と、頭をなでてくれた。


そこからは2回ほどいきんだだけだったと思う。

1回、必死でいきんで、

頭が出た。

なんというか表現しにくいけど、

内臓が裏返って体の外に出て行くような感じ。

(表現が怖いかも)


「もう次に出すよ~」

という声が聞こえた。

次のいきみで、

大きな熱い物体が、ずるずるっと出てきた感覚があった。

「はい、もう頭出たから、あとは息吐くだけでいいよ~」

というので、小刻みに呼吸しながら体を起こした。



そしてめでたく出産 v(^-^)v


赤んぼは元気に泣いて、

助産師さんに抱かれて、私の右側の胸にやってきた。


ジュニ子を産んだときと同じ。

赤黒いサルみたいな赤んぼ。

ちっちゃくて、あったかい。

「ちっちゃ~い、かわい~」

普通に素直な感想を言った気がする。

胸の上に乗せられると、しっかりした重みがある。

これがお腹の中に入っていたのね。

腹の中に入っていたにしては重いしデカイよね。


赤ちゃんは、2920gだった。

切迫早産だったり、

羊水過少で赤ちゃんが小さい、なんていわれたわりに、

リッパな大きさだった。


ダンナも、「がんばった」と、感無量の様子。


私の感想はといえば、

「前回より楽だった!」

と、目をきらきらさせてた気がする。


前回は、おわったらぐったりだったけど、

今回は産んだ直後から、ダンナと談笑したり、

まわりを見渡す余裕があった。


赤んぼは、新生児用のケースに寝かされて、

いろいろ診察されたり、体を拭かれたりしていた。

顔は、ジュニ子の産まれたときにも似ている気がした。

産まれたてのふやけた赤ちゃんって、独特だよね。

かわいいんだけど、やっぱりブサイク(笑)

髪の毛がふさふさだったのが、ジュニ子と同じ。

真っ白な服を着せられたあと、

しばらく抱っこさせてもらった。

写真もとってもらった。


しかし、ここからがけっこうつらかった。

後産はある程度つらいだろうなとわかってたけど、

出産に比べれば何のその、って思ってた。


でも、私の場合、胎盤が千切れてしまって、

中に残留してしまったとのこと。

そして、卵膜癒着というのがあったらしく、

簡単にはいかなかった。

何度も手を入れられて、癒着をはがし、

中に残った胎盤を取るという作業が残っていた。

それをやっている医者にも、残っている場所がわからないから、

あてずっぽうに掻き出す、という感じ。

何度も痛い思いをして、

何とかあらかた外に出すことが出来た状態で、

超音波をあてられ、

「やっぱりまだ残ってるな~」

と、超音波に出来る影を見て、院長が言う。

胎盤だか膜だかわからない、という。

機械で取る方法もあるけど、

とりあえず様子を見るということになった。

自然に悪露として出てくるだろう、といわれた。


何にしても、もう痛い思いをせずにすむ、と思ったら、

次は切開した傷の縫合。

陣痛に比べれば楽だけど、

麻酔をしているとはいえ、針を通される感覚ってのは、

痛みの強さとは違う次元の、なんだか嫌な痛み。

ところどころ麻酔がきいていないところが、

ちくっと引っ張られるように痛んだ。


でもまあ、出産がおわっているから、

ひと山超えた実感があり、それもあまりつらくは感じない。


それがおわると、ダンナも、赤ちゃんの写真とビデオを

一通り撮りおえて、隣に戻ってきた。


「おめでとうございます」

院長の言葉に、二人で「ありがとうございます」というと、

院長はすぐに部屋を出て行った。

また次のお産が入っているらしい。


あとで新生児室を見に行って知ったのだが、

この日は8人もお産があったらしい。

それを、たった一人のおじいちゃん院長がとりあげている。

一人目のときも思ったけど、すごい産院だ。

出産には夜昼ないわけだしね。



さて、ここからは、経過観察の時間。

次のお産のために院長と助産師さんはばたばたといなくなり、

ときどき看護士さんが出入りしてくるだけだった。


その間、赤んぼともずっと一緒にいた。

あまり泣かなかった。

私が抱っこしていると、私をじ~っと見つめていた。

まだ見えてないはずだけどね。

ジュニ子のときもそうだったっけ。


おっぱいをくわえさせてみたら、上手に吸ってくれた。

ジュニ子のときは、くたっとしていて吸わなかった気がする。


手の指がとても長くて、新生児とは思えなかった。

ジュニ子は、小さいもみじの葉っぱみたいに、

とにかくコンパクトだったと思ったけど、

それとは違い、指は細いけど長く、爪も縦長で大人の爪みたいだった。

顔はどちらかというとママ似かなあ、なんてダンナと話していた。


出産後は、疲れてもいるけど、異常にハイテンションになる。

食欲があるのかないのかもわからなかったけど、

とりあえずダンナが買ってきてくれていたおにぎりを食べた。

ゆっくり休む気分にはなれず、

ずっとダンナと話をしていた。

話題はもっぱら子供の名前のことだったけど、

女の子だとわかっていて候補は決まっていたものの、

この段階では決まらなかった。


経過観察の時間が終わって、部屋に移動することになったのが、

明け方の4時。

私はちっとも眠くなかったが、ダンナはけっこう眠そうだった。


車椅子に乗るために体を起こすのだが、

出産で体力を消耗したし、

何時間も横になったままの姿勢だったので、

頭がくらくらした。

これは前回の出産のときもなったので、そのときで学んでいた。

出来るだけゆっくり体を起こして、急激には動かないようにした。

それでも、看護婦さんの手を借りながら、

ほぼ自分で移動できたので、やはり一人目のときよりは

体力の消耗が少なかったと感じた。



希望通り、赤んぼも一緒に部屋にやってきた。

新生児のベッド(というかケース?)に入れられ、

ミルク缶が一つと、オムツ一袋と一緒に運ばれてきた。

このときから現在まで、ず~っと一緒。


ダンナと一緒に泊まれる畳つきの部屋を希望していたのだけど、

予約で埋まっているとのことで、

畳の代わりにソファーベッドつきの部屋になった。

トイレもついている個室。

TVも冷蔵庫も洗面台もついている。

調乳用ポットもある。

(この産院は、わりとミルク推進派)

↑母乳が出ないと、ミルクを足してとせっせと言われる。


初めてのオムツ替えはダンナ。

毎回、おっぱいは吸わせてみるものの、

まだ母乳は出ていなかったので、

初ミルクもダンナから。

産まれたばかりなのに、20mlもぐびぐび飲んで、

もっとよこせと言わんばかりだった。


ダンナに

「頼りになるね、ありがとう」

というと、照れていた。

普段あまり言えないからね。


ダンナが仮眠を取ったのが朝の6時頃から。

私は、どうせ眠れないのがわかっていたので、

無理に寝つこうとせず、

ベッドに横になって本を読んだりして過ごした。

でも、興奮状態が続いているわけなので、

本の内容はあまり頭に入ってこなかった。


体力は一人目のお産よりも残っていたけれど、

会陰切開部分の糸のつる感じはあったし、

後陣痛も始まっていた。

体中がふわふわとして、感覚がないような状態も、しばらく続いた。

ずっと横になっていると、恥骨や腰が痛いのだけど、

体勢を変えるのはけっこうつらい。

体勢を変えないと、会陰部がうっ血するような感じで

ずきずき痛むので、変えないわけにもいかない。

出産直後なので、体がつらいのはしょうがない。


後陣痛がひどくなってきた。

子宮を収縮させる薬と一緒に、痛み止めももらった。

母乳には影響がないというので、

3日目まで毎回もらっていた。

それでも痛かった。

とくにおっぱいを吸わせているとき。

母乳だと子宮の回復が早いというけれど、

吸わせた刺激で、とたんに痛むので、

赤んぼを抱っこしながら硬直していた。

それでも、痛みは4日目くらいにはすっかりなくなった。



ダンナに、出産の感想を聞いてみたら、

自分の手を握る私の手の爪がくいこんで痛かった、と言われた。

予測して、そのためにある程度短くしていたんだけどなあ?



私の出産は、こんな感じでした (^-^)/

☆ 無事に出産 ☆

突然ですが、無事、第二子の出産を終え、退院してきました (´∀`)


当初の予定日は更新日の今日、1月23日。

しかし、一週間早い、39週0日目での出産となりました。



1月15日、夜7時に始まった陣痛。

夜9時半に入院。


そして、1月16日午前1時05分に出産。


体重:2920g

身長:48cm


出産の様子については、次の記事でアップします v(^-^)v


ジュニ子にも妹の誕生です。


赤んぼは、母乳を飲んだあとは、

ベッドに寝かせても、一人できょろきょろと周りを眺めていることの多い、

親にとっては非常にありがたい子です。

よく飲み、よく出し(笑)、よく寝てくれます。

夜中の授乳も、ジュニ子の夜泣きに付き合っていると思えば、

全然つらくありません。


入院中は、出産直後から母児同室にしてもらいました。

最初の1~2日は体がつらかったけれど、

その後はどんどん楽になり、

赤んぼが寝ている間は暇をもてあますくらいでした。


私の入院中に、実家の家族が全てインフルエンザで倒れたりと、

ハプニングもありましたが、

退院後のことはぼちぼち記事にすることにします。


家に帰ってきてからは、

ジュニ子のお世話もあるのでやっぱり大変ですが、

どんなリズムでやっていけばいいか、手探りの段階です。


せっかく実家にいるのに、

家族みんながインフルエンザだわ、

ジュニ子は保育園から溶連菌をもらってくるわ、

ボケたばあちゃん(ジュニ子のひいばあ)だけはぴんぴんして手がかかるわ、

軽くパニックになっています(泣)


でも私は生まれたばかりの赤んぼを連れて買い物にも出られないし、

家族にも預けられない。

(インフルエンザうつされたらたまらない!)

家族みんながマスクをして、赤んぼは隔離です。

今、私がインフルエンザになったら、かなりヤバイです。

出産直後の私が一番ぴんぴんしてるなんて思いもしなかった。


冬産まれの子の育児は、いろんな意味で大変かも。

冷え対策もしなきゃいけないし。

自分自身の体は回復しているけど、まだ家事も満足にできてません。

床上げ3週間なんて、絶対無理!


というわけで、くわしいことはまた後日 (>_<)



出産直後↓


1/16 1



入院4日目↓



1/20



最近のジュニ子(私の出産前)↓


1/7

ジュニ子はやっぱりヤキモチからか、

前にもまして甘えん坊になりました。

赤ちゃん返りもしました。

でも、赤ちゃんをなでなでしてくれたり、抱っこしたがったり、

お姉ちゃんらしいところもみせてくれます。

まだ1歳8ヶ月なので、妹はペット感覚? なのかもしれませんが。



これからどうなるか、全く予測不可能だけど、

また適当にがんばっていきたいと思います (・ω・)/