出産ドキュメント | 年子母の気ままな日常

出産ドキュメント

妊娠中のことは、今となってはなつかしい出来事のよう。


今回は、軽く妊娠時期のことをふれて、

あとは今回の出産のことを書きました。

かなり長文なのでご容赦を・・・ (゚ー゚;



妊娠初期はつわりに悩まされ、

ジュニ子にさびしい思いをさせてしまった。

私の変化を感じてますます甘えっ子になったので、

何でもっと構ってあげられなかったのかと、

今でも悔やまれるところ。


妊娠して、確実にそれを感じ取っていたジュニ子。

マタニティデビューもまだだった頃、

はやめに保育士さんに妊娠報告をしたら、

「やっぱり~。みんなともそうじゃないかって喋ってたんですよ」

だって。

独特の行動があるらしい。

子供をたくさん見ている保育士さんにはわかるようだ。

1歳になったばかりのジュニ子が何を感じ取ったのか、

とても不思議な出来事だった。



わりと平穏だった妊娠中期。

一人目妊娠のときほどの恐ろしい食欲はなかったものの、

それでも体重は着々と増えた。

悩みがそれくらいだったってことなので、

生活はとても安定していた。

ジュニ子やダンナともいっぱい過ごしたし、

仕事をしていたので、生活リズムが整っていた。



後期は悩み事が尽きなかった。

切迫早産、羊水過少などで、安静を言い渡されていたけど、

上の子が小さいと、そんなのは無理な相談。

でも何とか産休に入り、また生活は落ち着いた。

臨月には、自分の体の重さとジュニ子の重さで

いろんな筋肉や関節が悲鳴を上げていたけど。



さて、

陣痛が始まってから出産までのこと。


予定日一週間前の1月15日。


その日はダンナが休みだった。

なので通常なら保育園もお休みするところだけど、

出産前に、どうしても部屋の片付けや家具の配置換えを

終わらせておきたかったので、ジュニ子は保育園へ。

この日、保育園へやりたかった理由はもう一つあって、

「初、お弁当の日」だったからでもある。

それまでは給食を食べていたジュニ子だけど、

今度から、月に1回、お弁当デーというものがはじまった。

なので、前日には練習も重ね、当日には早起きして弁当を作った。


この日は朝からパタパタ動いていた。

昼間は、部屋の片付けと掃除。

終わらせといてよかった。

なんとこの日の夜、出産になるなんて思いもしなかったわけで。


ジュニ子が保育園にいるのをいいことに、

片づけが終わってから、ダンナと二人で昼寝をした。

出産で徹夜になったわけなので、この昼寝のおかげで

ダンナはとても助かったようだ(笑)


関係があるかどうかはわからないが、

この日は久しぶりに下痢をした。

腸が押されていた・・・ってことではないのかな?

前日には、奇妙な吐き気にも襲われていた。

赤ちゃんが下がってきているのなら、

むしろ胃の辺りはすっきりするという話だけど・・・。

普段の体調ではなかったということだけは言える。


陣痛が始まったのは夜の7時半頃。

ジュニ子にご飯を食べさせ終わり、

そろそろお風呂、という時間だった。


いつものように食事中に遊び始めたジュニ子を

なだめながら抱っこしていたとき、

突然痛みはやってきた。


それまでも切迫早産と診断されてから、

定期的にお腹の張りはあったり、

前駆陣痛らしきものはあったけれど、

それらはせいぜい「強い張り」程度だったので、

明らかに違うことがわかった。


ジュニ子を抱っこしたとたん、

その衝撃でお腹がぐっと下がったような感覚があったのを覚えてる。

骨盤に赤んぼの頭がハマった感覚なのかな~なんて、

今となっては思う。


その直後、お通じもあったのだけど、

強いお腹の張りは、それとは違うものだということはわかった。

痛みを伴う張りが一度きてからは、あれよあれよという感じだった。


何か違う、と思ったとたんに、行動開始。

産院に連絡を入れれば、即入院になると思ったので、

とりあえずはいろいろ準備することにした。


ダンナがジュニ子をお風呂に入れている間、

入院準備品を母から車に運んでもらい、

私は、次の日のジュニ子の保育園の準備。

連絡ノートを書いたり、着替えやオムツを用意したり。

私がいない間のジュニ子のことは、

母にメモ書いて指示していたので、再確認。

(ダンナもいるから日常生活は大丈夫なんだけど)

部屋は幸いにも、この日の昼に片付いていたので、

ささっと見えるところだけ最後に少し整理した。

私の留守中にダンナ両親も上がる部屋だから、

気を抜けない。


ダンナとジュニ子がお風呂から上がってきた。

私は、自分がしばら入れないことがわかっていたので、

なんとかお風呂にも入った。

前日の夜から入っていなかったわけなので、

そのままお産に直行する気にはなれなかった。


陣痛はすでに10分間隔くらいになっていた。

でも、まだ生理痛の強いの程度。持続時間も短い。

動いていると、どんどん陣痛の感覚が狭まっていくけど、

さっさと産んじゃいたかったので、

むしろがんがん動いた。


お風呂に入ると、寒いからか、頻繁に痛みが来た。

入浴時間が15分ほどだったと思うけど、

その間に痛みは4回ほど来ていた。

髪を洗うかどうか迷ったけど、意地で洗った。

さすがにちゃんと乾かす時間まではなかった。

最後に湯船につかったら、ふっと陣痛が和らいだ。

生理痛のときも、カイロ張ったり、暖かいお風呂に入ると

痛みが消えたっけ。

水中出産なんていいなあ、と、このときチラッと思ったっけ。

体を温めると陣痛も和らぐって事実が、なんとなく新発見だった。


ともあれ、悠長にしている暇はないので、

すぐに部屋に戻った。

ひっつめ頭にノーメイク、パジャマにサンダルという姿。

夜中だし、入院しちゃえば着替えさせられるしね。


ダンナとジュニ子がいる横で、やっと産院に電話。

横で騒ぐジュニ子の大声に、看護婦さんの声も聞きづらかった。


名前や、陣痛の感覚や、予定日、経産か、

破水しているかしてないかなどを聞かれた。

住んでいる地域と、病院に何分くらいで来れそうかということも聞かれた。

「じゃあすぐ来てくださ~い」

とのこと。

どうでもいいけど、看護婦さんの声がやけに淡々としていて、

なんだか調子が狂う。

こっちは痛みで一大事だけど、

産院では一日に何度もお産があるわけだから、

当然なのかなあ。

ともあれ、すぐ来てくださいといわれたので、

お風呂に入っといてよかった、と思った。


どうせお産が夜にはじまるのなら、

ジュニ子を寝かしつけてからがよかったのだけど、

さすがにそううまくはいかないね。

ジュニ子のときは、朝起きてすぐに陣痛が始まったんだっけ。

ホント、突然はじまる。


ジュニ子を寝かしつけてから行こうと思い、

電気を消して添い寝をしてみるも、

いつもと雰囲気が違うことを察してか、全く寝る気配はない。

でも、電気を消してそ~っと部屋を出た。

私の身代わりに母親を置いてきたわけだけど、

ドアを閉めて外に出てから、

「まま~・・・」って声が聞こえたような。

でもタイムリミット。

産院に電話をしてからさすがに30分たっていたので、

後ろ髪を引かれつつ家を出て、車に乗り込んだ。


ジュニ子のときもだったけど、

少しゆっくりしていると、陣痛が遠のいてしまう。

車の中で、

このまま陣痛がなくなってしまったら、

病院に行ってもヒンシュクもんだよなあ、

なんていらない心配をしていた。

痛みも、まだそれほど強まってはいなかった。


病院に着いた。

この時点で夜の9時をまわっていた。


守衛さんにとりついでもらい、

誰もいない待合室で院長を待つ。


よぼよぼの院長がやってきて、診察開始。

超音波と内診。


子宮口が3cm開いているとのこと。


ジュニ子のときも、子宮口が3cm開いた段階での入院だった。

しかしジュニ子のときと違い、

おしるしも破水もなくて陣痛がきたので、

なんだか半信半疑だった。

でも3cmも開いてれば、ここで帰されるってことはないだろうと、

とりあえずほっとしたところで、

じゃあ入院しましょうか、ということでLDRに案内された。


2回目の余裕か、

ダンナと「今回は違う部屋だね~」なんて話しながら

(この産院にはLDRが二つある)

(LDR:陣痛→分娩→回復が全て同じ部屋で行われるってやつ?)

着替えて、悠々と過ごしていた。


産院についてからも、1回お通じがあり。

あとは産むだけ、と腹も据わった。


ジュニ子のときは、ここからが長かった。

朝イチで入院して、

子宮口が8cm開くまでには半日くらいかかったっけ。

歩いて散歩したり、階段を上り下りしたりして

お産が進むようにがんばってたっけ。


今回も、どれくらい時間がかかるかわからなかったので、

のんびり過ごすことにした。


分娩監視装置? ってやつをつけられて、お腹の張りを見ると、

横になっているからか、10~15分間隔になってしまった陣痛。


でも、さすがに生理痛とは言えないくらい、痛みは強くなってきていた。


ダンナも慣れたもんで、てきぱきと荷物を運び入れて、

あとはヒマをもてあましていた。

雑誌でも持って来ればよかったんじゃない、というと、

そうだねえ・・・と言っていた。


陣痛がだんだん強まったとはいえ、10分も間があく上、

30秒~1分もすれば痛みは完全に消える。


今回は、余計な力を入れずにリラックスしよう、と意識していたので、

痛みに集中せずにすんだ。


ダンナにおにぎりを買いにいってもらったりした。


我が家では、今回も含めて、ダンナは最初から最後まで立会い。

前回は朝から陣痛が始まり、今回は夜。

どちらも、陣痛が始まったときにダンナがそばにいたので、

入院もスムーズだったのはよかったと思ってる。

前回は陣痛の間もダンナがそばにいないと

不安でしょうがなかったけど、

今回は、この時点ではまだ、

「一人でも余裕で産めるかも」

くらい気楽な感じだった。


確かにダンナはそばにいれば心強いけど、

実際に何かをしてくれるわけじゃないからね(笑)


前回は腰をさすったりしてもらったけど、

実は今回は、この時点からほとんど、

ずっとベッドにしばりつけられっぱなしだったので、

(あとで一度トイレにたっただけ)

ダンナには陣痛の強いときに手を握ってもらっていただけだった。


夜10時頃。


ダンナにおにぎりを買ってきてもらったものの、

別にこのときはお腹はすいてなかった。

長期戦になったときとかのため用だったので、

とりあえずはちょびちょび飲み物だけを飲んで、

ひたすらお産が進むのを待った。


陣痛が5~10分間隔なのは変わらず。

ってことは1時間に6回くらいしか痛みがこないわけなので、

多少痛みが強くても、

まだまだ余裕、って感じ。


点滴のぶっとい針を刺され、

麻酔があうかどうか、チェックする注射もされた。


最後のトイレも済ませた。

分娩監視装置には、胎児の心音と、お腹の張りが数値で出るんだけど、

お腹が張ってくると、お腹の張りの数値が上がって、

吐き出されてくる紙に、グラフの山ができる。

お腹の張りの強さと痛みの強さには

ある程度の相関関係があるようだけど、

必ずしも一致してるわけじゃなさそうだったので、

途中から見るのをやめた。

じゃないと、

「今のはどれくらいの張りの強さだったのかな~」

なんて、いちいち気になって仕方がなかった。

お腹がだんだん痛くなってきていたわりには、

その装置の張りの強さの数値が上がってくる、

ってわけでもないようだった。


夜の11時。


気持ち的には、まだまだ、って感じ。余裕があった。


しかし、診察してみると

(これけっこう痛いよね)

子宮口は5~6cm開いてきていた。

お産は進んでますね、と言われたけど、不思議な感覚だった。

前回は、6cm開くまでに、けっこうへとへとだったはず。

陣痛の波、間隔はあまり変わらなかった。

でも、少しずつ痛みは増していたかな?

「痛みは強くなってますか?]

ときかれて、首をかしげながらも、

「たぶん・・・」

と答えた。


ずっとあおむけで、装置をつけられていたので動けなかった。

ここらで一回起き上がりたいな、とも思っていたのだけど、

結局、産むまでそのままだった。

お腹の下に敷く、防水シーツや脱脂綿もスタンバイ。

ダンナも隣にスタンバイ。


もう一つのLDRでもお産が入っていたようで、

看護婦さんがぱたぱた動いている。

でもその人は初産婦で、私は経産婦。

私の方があとから入院したけど、

経産だから産まれるのが先だろうということで、

「先に準備しちゃいますね」

と、ベッドが分娩台に早変わり。

こうなると、もう身動きは取れない。

台に足を乗せ、カバーをかけられた。

このときも、

「自分で足乗せられますか」

とか、

「体ずらせますか」

と、いちいち気を使ってくれたけど、

まだ余裕。

だってまだ陣痛も5分間隔なんだもの。


ライトを当てられ、

看護婦さんではなく助産師さんが出入りし始めた。


痛みは強くなってきていたけど、

しきりに痛いわけじゃないから、まだまだ耐えられる。


むしろ、これからどれだけ痛くなるんだろうかと

先の心配ばかりしていた。


痛みの逃し方を、とくに勉強したりしたわけじゃないけど、

前回よりも上手に逃せたと思う。

この産院ではソフロロジー法での出産だったので、

ひたすら深呼吸っぽいことをするだけ。

息をすっと吸って、痛みに合わせて息を長~く吐く。それだけ。

力を抜いて、お腹の痛みに集中せず、

足とか肩とかを意識するようにした。

なんたって痛いのはお腹だけなので、

例えば肩辺りを意識してみると、

当たり前だけどその部分は痛くないわけで。

書くのは簡単だけど、これがなかなか難しい。

一人目のときは全然出来なかった。

今回も上手だとはいえなかったかもしれないけど、

前回に比べたら段違いにラクだったし、うまくできたと思う。


そんなうちに子宮口は8cm開いた。

お尻の辺りに、何か重いものが当たる感覚があった。

便秘のときのような(笑)

これが赤ちゃんの頭だったんだと思う。


ここからが、ちょっと辛抱だった。

なかなか8cmからが進まない。

陣痛は3~5分間隔だったけど、

10分近くあくこともあった。

とても長く感じたけど、30~1時間のことだったと思う。


でもまだ冷静だった。

助産師さんと和やかに話をする余裕があった。

話をしていて、痛みがきて、

「きたきた~」

って言いながら痛みに耐えて、痛みの波が引いたあと、

また話をし始めたり。

助産師さんが、膣の入り口を手でお尻の側にぐっと開いてくれると、

陣痛が少し和らいだ。


隣の部屋の初産婦さんが、出産間近になってきたようで、

院長はそちらにかかりきり、

助産師さんも行ったり来たりだったので、

私はけっこう放置プレーだった。

でもまだまだ産まれないと思ったし、

痛みにも余裕があったので、ダンナと話をして過ごした。


でもさすがに、痛みを耐えるときの顔はすごい形相だったと思う・・・。


そんなことをしているうちに、0時をまわってしまった。


あとどれくらいで産まれるんだろうと思って

助産師さんにきいてみると、

「破水すればすぐなんだけどね」

といわれた。

破水したら何分くらいなのかきいてみると、

10分くらいだよ、と。

まだ子宮口は8cmのまま。

そんなもんで産まれるのか、と逆にびっくりした。


でもなかなか破水しない。

破水すると痛みが急激に強まることもわかっていたので、

破水して欲しくないような、でもさっさとして欲しいような、

じれったい間隔で30分ほど過ごした。


隣のLDRから、赤ちゃんの産声が聞こえてきた。

私の方が先だろうと言われてただけに焦ったけど、まもなくだ。


そうこうしているうちに、痛みも強まって、

ようやく「いきみたい」感じってのがやってきた。

陣痛が高まってくると、自然にお尻あたりに力が入る。

ジュニ子のとき、この「いきみたい」って感じがあまりなくて、

力任せにいきんでたら、そのせいか産後に痔になったりしたっけ (ノДT)

だから今回は助産師さんにも、

「いきみたいって、あんまりわかんないんですけど・・・」

なんて言ってたんだけど、

自然とそういう瞬間は訪れた。


何にも知らなくても、赤ちゃんって産めるんだろうなあ。

すごく不思議。


「完全に開くまでいきまない方がいいんですよね」

なんて聞いたら、そうだと言われたけど、

自然にいきんでしまって、

でもそうしたら、すぐに子宮口は全開に。


それでも破水しない。

羊膜が丈夫ね、って言われた。

もう袋が出てきてる状態で、助産師さんが、

「顔にばしゃっとかかりそうな感じだね」

(破水の瞬間、羊水が飛び散りそうなくらい圧迫されていたらしい)

「ホラホラ旦那さん、みてみて、この膜が」

とかいって、ダンナに見せていた。


やめて~!

グロい部分は見られたくないから、

ダンナには自分の頭の方にいてもらって、

出てくるところはあまり見ないでね、と言っておいたんだけど、

ダンナも、助産師さんに「見てみて」なんて言われたもんだから、

見ざるを得ないという感じだった。

「ホントだ」なんて言っていた。


2回ほどいきんだら、やっと破水した。


汗だくで、ダンナがガーゼで顔を拭いてくれていた。

涙も出てた気がするけど、痛くて泣いてたわけじゃなくて、

汗が出るのと同じ感じで、力を入れて自然に流れていた感じ。

それにしても、ジュニ子のときのように、

いきんだときにう○ちまで出なくてよかった(笑)

あんまり笑い事じゃないか。

ここからが正念場。

そこからはさすがにほとんど記憶がない。


でも、陣痛は絶え間ない、というほどではなく、

合間に息を整えて休むくらいの余裕はあった。

力抜いて、といわれるので、

お尻やお腹に入っている力をすっと抜いて休んで、

次の陣痛に耐えていた。

呼吸は、「上手だよ」と助産師さんにほめてもらった。

ほめられると、やる気がわいてくるよね。


陣痛そのものは、今思うと、

一人目よりは全然ラクだった気がする。

もっと痛くなるだろう、もっとつらいだろう、

と思う前に産まれた、というのが実際のところ。


そこから3回ほどいきんで、

赤ちゃんの頭が出てきて、

そこでやっと院長が登場。


会陰切開の麻酔をされる。

切ったのは全然わからなかった。


ダンナも、「もう少しだよ」と、頭をなでてくれた。


そこからは2回ほどいきんだだけだったと思う。

1回、必死でいきんで、

頭が出た。

なんというか表現しにくいけど、

内臓が裏返って体の外に出て行くような感じ。

(表現が怖いかも)


「もう次に出すよ~」

という声が聞こえた。

次のいきみで、

大きな熱い物体が、ずるずるっと出てきた感覚があった。

「はい、もう頭出たから、あとは息吐くだけでいいよ~」

というので、小刻みに呼吸しながら体を起こした。



そしてめでたく出産 v(^-^)v


赤んぼは元気に泣いて、

助産師さんに抱かれて、私の右側の胸にやってきた。


ジュニ子を産んだときと同じ。

赤黒いサルみたいな赤んぼ。

ちっちゃくて、あったかい。

「ちっちゃ~い、かわい~」

普通に素直な感想を言った気がする。

胸の上に乗せられると、しっかりした重みがある。

これがお腹の中に入っていたのね。

腹の中に入っていたにしては重いしデカイよね。


赤ちゃんは、2920gだった。

切迫早産だったり、

羊水過少で赤ちゃんが小さい、なんていわれたわりに、

リッパな大きさだった。


ダンナも、「がんばった」と、感無量の様子。


私の感想はといえば、

「前回より楽だった!」

と、目をきらきらさせてた気がする。


前回は、おわったらぐったりだったけど、

今回は産んだ直後から、ダンナと談笑したり、

まわりを見渡す余裕があった。


赤んぼは、新生児用のケースに寝かされて、

いろいろ診察されたり、体を拭かれたりしていた。

顔は、ジュニ子の産まれたときにも似ている気がした。

産まれたてのふやけた赤ちゃんって、独特だよね。

かわいいんだけど、やっぱりブサイク(笑)

髪の毛がふさふさだったのが、ジュニ子と同じ。

真っ白な服を着せられたあと、

しばらく抱っこさせてもらった。

写真もとってもらった。


しかし、ここからがけっこうつらかった。

後産はある程度つらいだろうなとわかってたけど、

出産に比べれば何のその、って思ってた。


でも、私の場合、胎盤が千切れてしまって、

中に残留してしまったとのこと。

そして、卵膜癒着というのがあったらしく、

簡単にはいかなかった。

何度も手を入れられて、癒着をはがし、

中に残った胎盤を取るという作業が残っていた。

それをやっている医者にも、残っている場所がわからないから、

あてずっぽうに掻き出す、という感じ。

何度も痛い思いをして、

何とかあらかた外に出すことが出来た状態で、

超音波をあてられ、

「やっぱりまだ残ってるな~」

と、超音波に出来る影を見て、院長が言う。

胎盤だか膜だかわからない、という。

機械で取る方法もあるけど、

とりあえず様子を見るということになった。

自然に悪露として出てくるだろう、といわれた。


何にしても、もう痛い思いをせずにすむ、と思ったら、

次は切開した傷の縫合。

陣痛に比べれば楽だけど、

麻酔をしているとはいえ、針を通される感覚ってのは、

痛みの強さとは違う次元の、なんだか嫌な痛み。

ところどころ麻酔がきいていないところが、

ちくっと引っ張られるように痛んだ。


でもまあ、出産がおわっているから、

ひと山超えた実感があり、それもあまりつらくは感じない。


それがおわると、ダンナも、赤ちゃんの写真とビデオを

一通り撮りおえて、隣に戻ってきた。


「おめでとうございます」

院長の言葉に、二人で「ありがとうございます」というと、

院長はすぐに部屋を出て行った。

また次のお産が入っているらしい。


あとで新生児室を見に行って知ったのだが、

この日は8人もお産があったらしい。

それを、たった一人のおじいちゃん院長がとりあげている。

一人目のときも思ったけど、すごい産院だ。

出産には夜昼ないわけだしね。



さて、ここからは、経過観察の時間。

次のお産のために院長と助産師さんはばたばたといなくなり、

ときどき看護士さんが出入りしてくるだけだった。


その間、赤んぼともずっと一緒にいた。

あまり泣かなかった。

私が抱っこしていると、私をじ~っと見つめていた。

まだ見えてないはずだけどね。

ジュニ子のときもそうだったっけ。


おっぱいをくわえさせてみたら、上手に吸ってくれた。

ジュニ子のときは、くたっとしていて吸わなかった気がする。


手の指がとても長くて、新生児とは思えなかった。

ジュニ子は、小さいもみじの葉っぱみたいに、

とにかくコンパクトだったと思ったけど、

それとは違い、指は細いけど長く、爪も縦長で大人の爪みたいだった。

顔はどちらかというとママ似かなあ、なんてダンナと話していた。


出産後は、疲れてもいるけど、異常にハイテンションになる。

食欲があるのかないのかもわからなかったけど、

とりあえずダンナが買ってきてくれていたおにぎりを食べた。

ゆっくり休む気分にはなれず、

ずっとダンナと話をしていた。

話題はもっぱら子供の名前のことだったけど、

女の子だとわかっていて候補は決まっていたものの、

この段階では決まらなかった。


経過観察の時間が終わって、部屋に移動することになったのが、

明け方の4時。

私はちっとも眠くなかったが、ダンナはけっこう眠そうだった。


車椅子に乗るために体を起こすのだが、

出産で体力を消耗したし、

何時間も横になったままの姿勢だったので、

頭がくらくらした。

これは前回の出産のときもなったので、そのときで学んでいた。

出来るだけゆっくり体を起こして、急激には動かないようにした。

それでも、看護婦さんの手を借りながら、

ほぼ自分で移動できたので、やはり一人目のときよりは

体力の消耗が少なかったと感じた。



希望通り、赤んぼも一緒に部屋にやってきた。

新生児のベッド(というかケース?)に入れられ、

ミルク缶が一つと、オムツ一袋と一緒に運ばれてきた。

このときから現在まで、ず~っと一緒。


ダンナと一緒に泊まれる畳つきの部屋を希望していたのだけど、

予約で埋まっているとのことで、

畳の代わりにソファーベッドつきの部屋になった。

トイレもついている個室。

TVも冷蔵庫も洗面台もついている。

調乳用ポットもある。

(この産院は、わりとミルク推進派)

↑母乳が出ないと、ミルクを足してとせっせと言われる。


初めてのオムツ替えはダンナ。

毎回、おっぱいは吸わせてみるものの、

まだ母乳は出ていなかったので、

初ミルクもダンナから。

産まれたばかりなのに、20mlもぐびぐび飲んで、

もっとよこせと言わんばかりだった。


ダンナに

「頼りになるね、ありがとう」

というと、照れていた。

普段あまり言えないからね。


ダンナが仮眠を取ったのが朝の6時頃から。

私は、どうせ眠れないのがわかっていたので、

無理に寝つこうとせず、

ベッドに横になって本を読んだりして過ごした。

でも、興奮状態が続いているわけなので、

本の内容はあまり頭に入ってこなかった。


体力は一人目のお産よりも残っていたけれど、

会陰切開部分の糸のつる感じはあったし、

後陣痛も始まっていた。

体中がふわふわとして、感覚がないような状態も、しばらく続いた。

ずっと横になっていると、恥骨や腰が痛いのだけど、

体勢を変えるのはけっこうつらい。

体勢を変えないと、会陰部がうっ血するような感じで

ずきずき痛むので、変えないわけにもいかない。

出産直後なので、体がつらいのはしょうがない。


後陣痛がひどくなってきた。

子宮を収縮させる薬と一緒に、痛み止めももらった。

母乳には影響がないというので、

3日目まで毎回もらっていた。

それでも痛かった。

とくにおっぱいを吸わせているとき。

母乳だと子宮の回復が早いというけれど、

吸わせた刺激で、とたんに痛むので、

赤んぼを抱っこしながら硬直していた。

それでも、痛みは4日目くらいにはすっかりなくなった。



ダンナに、出産の感想を聞いてみたら、

自分の手を握る私の手の爪がくいこんで痛かった、と言われた。

予測して、そのためにある程度短くしていたんだけどなあ?



私の出産は、こんな感じでした (^-^)/